本連載最終回は、フィナンシャル・プランナーの岩城みずほさんに老後資産の取り崩し方についてさらに詳しく解説いただきます。

平成28年簡易生命表概況によりますと、出生者のうち、ちょうど半数が生存すると期待される年数(寿命中位数)は、男性83.98年、女性89.97年だそうです。さらに90歳まで生存する割合は、男性25.6%、女性49.9%となっています。

老後資金として、60歳以降、余裕を持って35年くらいを前提に取り崩し額を考えることが必要になります。また、現役時代から、効率的な運用をしていくことも大切です。しかし、運用の「期待リターン」をあてにして、いくらくらいになるはずだなどと皮算用するのは良くありません。

老後設計の基本公式とは

現役時代から、リタイア後にいくら取り崩して良いのかを知っておくのは大切です。現役世代の必要貯蓄率を求めるための「人生設計の基本公式」に対し、老後に取り崩していい金額を求める「老後設計の基本公式」を使います。

「人生設計の基本公式」は、賃金、資産額、生活費等が均等な率で上下する、つまり、資産運用はインフレ率並という前提ですから、資産運用の利益も「現実に稼いでから、保有資産額に反映する」という方法で考えます。

なお、運用益をはじめからあてにして計算しないようにということで、運用でリスクを取るなということではありません。むしろ、許容可能なリスクは積極的に取り、お金を増やしていくことが望ましいと考えています。

前置きはこのくらいにして解説に移りましょう。

老後設計の基本公式の解説

 

 

求めるdは、資産から取り崩し、年金額にプラスして使ってもよい、「1年当たりの取り崩し可能額」です。 pは年金額です。つまり、老後の年間生活費は、「年金額(p)」に「取崩可能額(d)」を加えた「年間支出(y)」(y=p+d)が上限の目処ということになります。

「保有資産額(A)」は、現在確実に保有している資産額です。確実に見込まれる一時退職金を加えても構いませんし、売却しようと考えている不動産も、保守的に見積もった額で加えます。逆に、家の修理代など一時支出の予定があれば、その金額分差し引きます。

「年金額(p)」は、前述のとおり、年金の受取額(年額)ですが、①でお伝えしたように、繰り下げ受給をするなら増えた金額を入れてください。また、75歳までの有期の企業年金は、途中でなくなるわけですので、ここには加えないでおきます。一時金(あるいは年金)で受給をする確定拠出年金も同様です。終身の企業年金は加算します。

「未年金年数(a)」というのは、年金の受給開始までの期間です。65歳で退職して70歳から年金を受給開始しようとする場合は5年ということになります。

「働く収入(w)」は、リタイア後に働いて収入を得る場合の年収(万円)を入れます。

「働く年数(b)」は、定年退職後に働く予定の年数です。 ここに、有期の企業年金がある場合、w2×b2 と考えて加算することができます。仮に、5年間年収200万円を稼ぎ、企業年金が65歳から10年間80万円ある場合、分子は次のようになります。

「保有資産額(A)」–「年金額(p)」×「未年金年数(a)」+「働く収入(w1)」×「働く年数(b1)」+「働く収入(w2)」×「働く年数(b2)」–「最終資産額(H)」=A -p・a+ 200万円×5年間+80万円×10年間– H

また、家計を同じくする配偶者が働いて見込める収入をw3×b3の形で見込んでもよいでしょう。

「最終資産額(H)」は、最晩年に確保しておきたい金融資産の額です。(単位は万円)。例えば、最晩年には老人ホームに入りたいと考えた場合に1000万円を見込んでおくとか、遺産として家族に残したい金額などを入れます。取り崩し可能額とのバランスを見ながら、何度か変更しながら、考えてみてください。

「想定余命年数(n)」は、現時点から寿命までの年数です。余裕を持って想定してください。例えば現在60歳の男性であれば、95歳程度までの寿命を想定して35年ということになります。

そして、運用が上手く行って資産額が増えたら「有資産額(A)」にプラスし、その後の取り崩し可能額に反映させて行きます。また、現実に資産を取り崩す額が、想定より多くなってしまったということがあれば、計算をし直します。「取崩可能額(d)」の計算は原則として毎年行うことが良いでしょう。

尚、この計算は、「人生設計の基本公式」の場合と同様に、資産運用がインフレ率並みに行われていることを想定しています。資産を全額普通預金に置いているような場合は、現在の支出を抑えて、より貯蓄額を増やし、将来使うお金に余裕を持たせるような心掛けが必要でしょう。

取り崩しの手順について

まず、「50代後半のあなたが今すべきこと(1)」でお伝えしたように、基礎年金、厚生年金は、受給開始年齢をなるべく繰り下げることを考えましょう。70歳まで受給開始を遅らせると受給額が42%増えます。公的年金は終身で受け取ることができるので、「長生きリスク」に対応できます。

そうなると、退職してから公的年金を受給するまで数年間は収入がなくなります。できれば働き、貯蓄の取り崩しを減らしたいところですが、この期間に、金融資産の取り崩しで凌ぐ必要がある場合は、まず、銀行預金、証券口座など税制メリットのない口座から、資産全体のバランスを見ながら取り崩します。その後、確定拠出年金、NISAを取り崩すようにすると良いでしょう。

さて、年代別にお金との付き合い方、考え方をお伝えしましたが、いかがでしたでしょうか。

お金との付き合い方は、自分を基準に考えるべきものです。しかし、お金の問題をあまり細かく考えるのは有益ではありません。なぜなら、個人を巡る諸事情も、経済の環境も、将来は変化し、その変化を完全に予想することは不可能だからです。変化を想定しながら、今、できる備えを実行していくことがもっとも大切です。それ以上のことができるわけでもありませんし、しなければならないわけでもありません。

ぜひ、ご紹介をした「人生設計の基本公式」と「老後設計の基本公式」をツールとしてご活用していただき、ご自分のお金を「現在」と「将来」に振り分けを決定し、目標に沿った貯蓄を実行し、適切に運用してください。

人生にはお金より大切なことが沢山あります。お金の心配に気を取られず、人生をより有意義なものにすることに集中していただければと思います。連載をお読みいただきありがとうございました。