ホーム > 最新情報 > お知らせ > 松本大×人気個人トレーダー スペシャル座談会(前編)

松本大×人気個人トレーダー スペシャル座談会(前編)

2017.08.01


トレードステーションを日本に持ち込んだマネックス証券会長・松本と人気個人トレーダーのますぷろさん、テスタさんのスペシャル座談会が実現しました。2017年5月に移転したマネックス証券の新オフィスを舞台に、株式取引の未来やトレードステーションの可能性などをお話しいただきました。(2017年6月8日)

ますぷろさん(写真左)
10年以上、第一線で活躍しつづけるカリスマ億トレーダーで、資産は10億円以上。著名なトレーダー達がこぞって使う高速発注ツール「T++(ティー・プラス・プラス)」の開発者としても知られており、取引ツールの開発については熟知している。

テスタさん(写真右)
2005年よりデイトレーダーに。超短期で売買するスキャルピングトレードを得意とし、2017年6月には、月間収益で自己最高の2億円を稼ぎ出した。ブログ「テスタの株日誌-目指せ利益10億円!-(達成)」を運営。全国各地の養護施設などに寄付を行ったことでも知られる。


松本:
ようこそ、マネックス証券へ。

テスタさん(以下敬称略):今日はよろしくお願いします。ここがマネックス証券の新しいオフィスですか?

松本:おふたりとも、このオフィスは初めてですよね。 じゃあ、ざっとご案内しましょうか。

ますぷろさん(以下敬称略):よろしくお願いします。早速ですけど、このエントランス入ってすぐにある壁、めっちゃかっこいいですね。



松本:
これは今「MONEX」って表示させていますけど、モニターを埋め込んであるのでいろいろ流せます。ちょっと未来っぽくしたくて。
ちなみに、会議室の名前は、「JPY」とか「USD」、「GBP」とか、全部通貨の名前になっています。

ますぷろ:おお、さすが証券会社。

松本:ただ、5月にここのオフィスに引っ越したばかりなので、まだ社員もみんな慣れていなくて。部屋の名前を言っても、「USDはどこだっけ?」と探してしまうそうです。

テスタ:ダメじゃないですか(笑)。そういえば、本社をここに引っ越しされたんでしたね。

松本:私は、ソロモン・ブラザーズとゴールドマン・サックスという2つの投資銀行でトレーダーをやっていたのですが、就職して12年間、ずっとこのビルで働いていました。その後、マネックス証券を立ち上げるために退職したのですが、それから18年ぶりにこのビルに戻ってきたんですよ。

テスタ:すごい浪漫があるんですね。いつかこのビルに戻ってこよう、っていう気持ちはあったんですか?

松本:ありました。原点に戻る、みたいな感じです。



ますぷろ:ラウンジみたいな場所に出ましたね。

松本:右手がマネックス証券のオフィス、左手が親会社のマネックスグループのオフィスになっていて、その間に位置するこのスペースは「コラボエリア」と読んでいます。どちらの社員もトイレに行くときはここを通るので、自然と2つの会社の社員が触れ合えるようになっているんですよ。

テスタ:打合せスペースもあるんですね。

松本:はい。「JPY」や「USD」といった部屋は主に社外の方との打合せスペースですが、社内の会議はなるべくここでやるようにしています。オープンスペースなので、たまたま通りかかった人もちょっと参加して議論を広げる・・・っていうこともできる。あと、オープンスペースなので、長々と会議をやらなくなりました(笑)

ますぷろ:それ、大事ですね。バーカウンターみたいなものもありますが、飲み物とか出るんですか?

松本:昼間は出ませんが、夜、就業時間の後に、外部の方に話をしてもらい、その後にワインを出して飲んだりする交流会を含めたイベントを、月に1〜2回程度やっています。

テスタ:へえ、どんな人を呼ぶんですか?

松本:ベンチャー企業の経営者の方からアーティストの方まで、いろいろです。次回はLGBT(女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者、トランスジェンダーの頭文字をとった総称)研修として、LGBTの啓蒙をされている方に来てもらうのですが、かなりの社員が参加する予定です。

ますぷろ:そんなことまでやってるんですねえ。

■オフィスにはちゃんと神棚が祀ってあります。
 トレーディングは神頼みが基本ですから(笑)


松本:
こちらがマネックス証券のオフィスです。むこうがシステム開発で、こちらがマーケティング、奧がFXのトレーディング部門ですね。

テスタ:オフィス、広いですね!

松本:あそこには、ちゃんと神棚が祀ってあります。

テスタ:え、お祈りしてるんですか?

松本:証券会社は、やっぱり神頼みが大切なんじゃないですか。トレーディングは神頼みが基本ですから(笑)。私のポケットの中にも、いつもこうやってお守りが入っています。

ますぷろ:いやあ、僕はあまり祈ったことはないですけどねえ(笑)

マネックスという社名は、MONEYの「Y」を「X」に変えているんですけど、
 これは「2001年宇宙の旅」という昔のSF映画の真似をしたんです。



テスタ:いやあ、ひと通りオフィスを案内していただいて、ありがとうございます。すごく「未来」って感じのオフィスでしたね。

松本:この新しいオフィスのコンセプトは、「未来的」です。私は、もともとSF映画が好きなタイプだったので(笑)。マネックスという社名は、MONEYの「Y」を「X」に変えているんですけど、これは「2001年宇宙の旅」という昔のSF映画の真似をしたんです。映画には「HAL9000」っていうコンピューターが出てくるのですが、これは当時世界最大のコンピューター会社だったIBMの文字を、一文字ずつずらして「HAL」にしたんです。未来のIBMってことですね。同じように、マネックスも「未来のお金」、「未来の金融」をつくろうという私の思いから命名しました。

テスタ:最初の「未来」っていうコンセプトが、今も生きてるんですね。

ますぷろ:「未来の金融」っていうのは、具体的にどんなものを目指してるんですか?

松本:マネックス証券をつくった1999年当時は、取引手数料が高く、情報の偏りも酷くて。個人の投資家では、全然プロの相手にはならなかった時代です。昔はどんな証券会社も取引手数料は一律で決まっていました。それが、1999年の10月1日から、各証券会社が自由に決めて良いってことになって。それで、私は、その解禁日に合わせて1999年4月に会社をつくり、10月1日に開業しました。

テスタ:すごいですね。

松本:1999年10月1日というのは、いわばオリンピックの入場式みたいなものです。オリンピックの入場式って、どんな小さな国でも世界中に放映されますけど、その日を逃すと、アメリカ相手に金星をあげるとか、よっぽどのことをしないと放映されない。マネックスも無名のベンチャー企業だったので、とにかく初日の1999年10月1日に手数料の安いオンライン証券を開業しようと。そうすれば世間に知ってもらえると考え、その日に合わせて会社をつくりました。

テスタ:まだ、インターネットでトレードなんかほとんどできない時代ですよね?

松本:そうです。当時はインターネットもまだめちゃくちゃ遅くて、インフラ的には全然未熟でした。コンピューターのCPUやグラフィックも、非常に遅かった。当然、情報の偏りも酷かったです。

ますぷろ:売買単位もでかかったですよね。

松本:当時は現在の単元株制度ではなかったので、銘柄によっては最低投資額が大きすぎて個人投資家が手も出せない銘柄がたくさんありました。例えばヤフーの株が1株数千万円とか。私はそれを変えたくて、法務大臣に掛け合いに行きましたよ。そういうのが実って今の単元株制度ができ、個人投資家が取引しやすい環境になりました。

テスタ:数千万円なんて、普通の人には売買できませんよ。

松本:やれないですよね。当時は、1銘柄やるのに最低でも100万円くらい必要だった。複数銘柄やろうと思ったら、数百万円ですよ。今って、数十万円あればいくらでもポートフォリオが組めるじゃないですか。全然違いますよね。

テスタ:1銘柄100万円でも、普通の人、特に初心者にとっては厳しいです。

松本:そうやって、取引手数料を安く抑え、投資単位を小さくし、情報の偏りをなくすためにインターネットでいろんな情報を出し、取引ツールの機能やスピードをどんどん上げていった。まあ、今では当たり前になっているいろいろなサービスが、1999年当時は目指すべき「未来」だったんですよ。その意味ではずいぶん先に進みましたが、ここからまたさらに未来に行かないといけないって、今は思っています。

貸株という制度は当社がゼロからつくりました。
 反対活動もずいぶんあって、大変だったんですよ



ますぷろ:
マネックスは、早いうちに夜間取引もやっていましたよね。

松本:2001年くらいですね。「マネックスナイター」っていうのをはじめました。現在の大手オンライン証券では一番早かったです。あと為替取引。FXも昔は大変マイナーな存在で、先物会社がちょっと扱っていたくらいでしたが、2003年に我々もFXを始めたんです。そうしたら爆発的にヒットして。その後いろんなところがFXに参入しました。

ますぷろ:貸株もマネックスが最初でしたよね?

松本:はい、個人投資家向けの貸株サービスは当社がゼロからつくりました。貸株を導入したときは、業界と金融庁を巻き込んで大論争でした。反対活動もずいぶんあって、大変だったんですよ。それを、業界や金融庁と徹底的に話し合い、なんとか実現させました。あまりにも反対が多いので、私たちは週刊誌とかに意見広告まで出しましたから。そういう経緯があったので、貸株に反対していた他の証券会社は参入が遅れ、貸株が始まってしばらくは、マネックスだけのサービスでしたね。

テスタ:松本さん、めっちゃ格好いいじゃないですか! 他にも、マネックスがはじめたことってあるんですか?

松本:そうですね・・・。テスタさんはご興味ないかもしれませんが、2000年に「ときメモファンド」というのをつくりました。


ますぷろ:ありましたねー(笑)

テスタ:ゲームの「ときメモ」ですか?

松本:そうです。「ときめきメモリアル3」と「ときめきメモリアルGirl's Side」という2つのゲームソフトをつくる資金を調達するために、投資信託をつくって売りました。買ってくれた人には、エンディングロールに名前が出るとか特製グッズがもらえるとかの特典があって。今で言うところのクラウドファンディングですね。当時、そういうコンテンツの証券化で個人向けの公募商品っていうのは、世界初でした。

テスタ:たしかに、めっちゃ流行りましたもんね、「ときメモ」って。

いつか会社を去る日が来たら、 僕は個人トレーダーになりたいです。
 トレーディングってものすごく奥が深くて楽しくて。



ますぷろ:お話を聞いていると、松本さんがいなかったら僕らみたいな個人投資家もいなかったんだなあ、としみじみ思いますね。

テスタ:僕なんか、自分は松本さんの子供だと思ってます(笑)

ますぷろ:松本さんは、僕らみたいなトレーダーについてどう思ってるんですか?

松本:やっぱり憧れますよね。自分でも、個人でトレーディングやってるんですけど。日経レバレッジETFとかインデックスETFで。

テスタ:松本さんは、めっちゃトレード好きなんですよね(笑)

松本:インデックスETFだったら、インサイダーとかそういう問題もないので僕でもトレードできるんです。僕はもともと投資銀行でずっとトレーダーをやっていたので、トレーディングが大好きなんですよ。いつか会社を去る日が来たら、僕は個人トレーダーになりたいです。

テスタ:いやあ、去る日なんて来ないでしょう。

松本:いやいや。トレーディングってものすごく奥が深くて楽しくて。ノーベル賞やフィールズ賞を獲るような優秀な人でも、儲かるとは限らないわけですよ。結局トレーディングの世界というのは、結果がすべてですから。僕自身、プロでやっている間、成績はとても良かったんですよ。

テスタ:今、成績はどんな感じですか?

松本:いいですよ、特に今年はすごい。今持っているポジションを除くと、実は全勝なんですよ。

テスタ:めちゃめちゃすごいじゃないですか!



松本:私は遊びでやっているから、リスク管理が甘いんですよ。だから今年は全勝ですが、プロのトレーダーだったときの感覚で言えば、そんなのありえない。やっぱり、ちゃんと細かくロスカットしてやらなかったら、トレーディングなんてできないので。だから、勝率が高いことなんて、自慢できることじゃないです。

テスタ:それでも全勝とか普通無理ですからね、全然。僕なんか勝率で言ったら5割くらいですから。

ますぷろ:僕は勝率10%くらいですよ。

テスタ:ますぷろさんの場合は、コツコツ負けて大きなトレンドでガツンと取るってタイプだから、勝率はすごい低いけど結果めっちゃ勝つから。

ますぷろ:その代わり、ストレスはめっちゃ溜まる(笑)

テスタ:松本さんは、以前どこかのインタビューで、引退したら海辺で飲みながらトレーディングをしたいって言ってましたよね?

松本:したいですね。
今、私は、立場上インデックスETFしかできないんですけど、自由の身になってもしやるんだったら、当然個別株をやりたい。でも日本の個別株って、流動性のあるものが限られていますよね。その点、アメリカ株はすんごい深い。流動性のあるETFも個別株もいっぱいあるので、そっちも手を出すことになると思うんですよね。とにかくトレーディングは流動性がすごく大切だと私は思うので!

テスタ:めっちゃ熱く語ってますね。どれだけトレーディングが好きなんですか(笑)

(後編はこちら)

お知らせトップへ戻る