田尾沙織
2021.10.4

元気で生きていられるんだから、
まぁいいか。田尾沙織/写真家

わずか500gの男の子を出産。
小さな命と向き合った期間。

広告や雑誌など多方面で活躍する写真家の田尾沙織さんは、2015年に妊娠25週と4日、わずか500gの男の子を出産した。産まれてすぐに医師から告げられたのは、「赤ちゃんは72時間が山」という言葉。最初はカメラを向けることに戸惑いがあったが、次第に「この子が生まれてきた事実を残したい」とシャッターを切った。昨年出版された著書『大丈夫。今日も生きている』には、誕生からNICU(新生児集中治療管理室)、GCU(回復治療室)を経て退院するまでの256日間が写真とともに綴られている。

「入院中はデジカメで毎日撮っていて、週1回大きいフィルムのカメラを持ち込んでいました。でも作品として世に出そう、とは全然考えていなかった。NICUの待合室では、お母さんたちとデジカメの写真を振り返って見ているんですよ。そうすることで、一緒にいられなくても“赤ちゃんを産んだんだ”っていう現実を得られるんです。写真を見ることで励まされていました」

「すてきな人生を奏でられますように」との願いを込めて“奏介”と名付けられた赤ちゃんは、いくつもの試練と手術を乗り越え、発達はゆっくりながらも一歩一歩力強く成長を重ねていった。一方、年齢を重ねるごとに直面する課題も変わってきたという。

「奏ちゃんも5歳になり、来年には就学が控えています。軽い知的障害があるのですが、目下の悩みは、普通学級と支援学級、どちらに進むべきか。親がいいと思って選択しても本人にとって負担になる可能性もありますし、どの道が正しいかなんて実際やってみなければわからない。あれこれと大変なことも多いので、 “普通の子育て”をしてみたいな、なんて思うときも正直あります。でも『あんなに小さかった子が、今こうして元気で生きていられるんだから、まぁいいか!』とも思える

お金を得ることで生まれる
気持ちのゆとり

産後の早い時期から奏ちゃんを保育園に預け、仕事に復帰した田尾さん。人生において大事なものは「奏ちゃんと写真」。そのふたつを抱え続けるには、気持ちのゆとりが必要だという。

「私はフリーランスなので、働かないと生きていけません。しかも仕事を断り続けていると、だんだん仕事の依頼が来なくなります。これはフリーランスの宿命なんです。それで産後の一時期は仕事が減ってしまって、生活がちょっと難しい時期もありました。悩んだ時期もありましたが、自分と子どもの人生のバランスを考えたとき、子どもだけに比重を置くのは違うのかな、と思ったんです。むしろ、お金を得ることで生まれる気持ちのゆとりは、子育てをする上でも大事な要素。もちろん仕事も大変ですけれど、撮っているとすごく集中するので、その時間は子育ての悩みからぬけることができるんです。写真も25年続けてきて、やっぱり好きなんですね」

旅というフィールドワークで得たもの

子どもを産む前は、仕事でもプライベートでも写真を撮りながら世界中を旅して廻った。訪れた先々での体験は、結果として田尾さんの人生においての自己投資となっていた。

「旅を通じて世界中に友達ができて、彼らと話すことで様々な価値観や考え方を知りました。私は大学に進学しなかったのですが、その分フィールドワークで得たものが大きかったと思っています。学校の教科書ではピンとこなかったそれぞれの国の情勢や歴史なんかも、実際に行って肌で感じるとものすごく興味がわくんです。この国はこんなに宗派があれば、そりゃあケンカになるよね、だから戦争が起きたんだなとか。旅行はお金がかかりますし、機材やフィルムの現像代にいったい今までいくら費やしたんだろうって思いますけれど、でも経験にはお金で買えない価値があります。だから子どもにもそういう体験をさせてあげたい」

奏ちゃんが産まれてからは、日々の買い物の中で少し節約をしたり、生活の中で小さな積み重ねをするようになった。それを子どもの習いごとや、どこかへ出かけるための費用に還元できたらいいと考えている。

「私も奏ちゃんも奄美大島が大好きで、訪れる度に滞在する宿では、朝食前の時間にビーチクリーンをしながら散歩をするんです。目の前の海で亀が泳いでいるのを見ながら『このプラゴミを間違えて亀が食べちゃったらおなか壊すよね』って話したりして。そうすると子どもは『あ、ゴミは捨てちゃいけないんだ』って分かるんです。自分の目で物事のつながりを見ることによって、本当の意味で理解するじゃないですか。奏ちゃんは発達がゆっくりな分、なおさら目で見て、経験して分かることを教えていきたい。体験を積み重ねていくうちに、好きな事を見つけて、将来はそれを仕事にして自立できたらベストですよね。障がいもこの先どれほど残るか今はまだ分からないけど、障がいがある人の雇用先が増えたり、周りの理解が得られて本人が働きやすい社会になっていたらいいなと願っています」

田尾沙織
田尾沙織

東京都出身。写真家。2001年第18回『ひとつぼ展』グランプリ受賞。写真集『通学路 東京都 田尾沙織』『ビルに泳ぐ』PLANCTON刊行。雑誌、広告、CMの撮影などでも活動する。2020年、500gで生まれた息子のNICU.GCUを退院するまでの256日間を写真とともにつづった書籍『大丈夫。今日も生きている』(赤ちゃんとママ社)を発売。

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@tao_saori

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