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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

国はどこまで企業経営に口出しするのか - 新しい経済政策パッケージを読み解く

12月8日に、政府は新しい経済政策パッケージを閣議決定した。

≪人づくり革命≫と≪生産性革命≫の2本柱から成る。
本日はこの≪生産性革命≫について、問題点を指摘したい。

企業改革への指摘は正しい

企業改革を政策として促進するのは正しい。政府が指摘するように、今の日本企業は非効率な経営がまだまだ残っている。

例えば、不採算の部門から撤退しないで収益性の低い事業をだらだら続けているとか、内部留保の積み上げとともに資金を溜めこみすぎているとか、そういう指摘はまさにに正しい。

しかし、≪今回の生産性革命≫の中では、コーポレートガバナンスや、スチュワードシップ・コードを強化して、機関投資家との対話の中で、企業の問題点を是正していこうというアイディアになっている。

優秀な「物言う株主」が企業価値を上げる

有意義な株主提案は歓迎されるべきだ。株主も経営に口を出していい。
それこそ「物言う株主」である。
ただし、それには「物言う」側の資質というものが問われる。

例えばサードポイントのダニエル・ローブ氏がソニーに映画子会社(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)、音楽子会社(ソニー・ミュージックエンタテインメント)を上場させ、その15~20%を売り出すべきと提案したことは有名だ。それに対するソニーの回答は「ノー」だったが、どうしてノーなのかソニーの説明が市場でもよく理解されるに至り、ディスクロージャーが改善した。

サードポイントはこれまでにアップルから巨額の株主還元を引き出し、ヤフーの経営陣を入れ替えるなど、アクティビストとして高い実績を誇る。それは強面だからではない。

提案内容が的を射ているから企業が提案を飲むのである。それだけ優秀なチームであるのだ。

政府には、経営に関する提案をする権利はない

では日本で同様のことをしようと思ったら、株主提案する投資家に高い見識と事業分析が求められる。当該事業会社以上にビジネスのことを理解する必要がある。それがサラリーマン・ファンドマネージャー中心の日本の運用業界でできるだろうか。

だから、対話は重要だがあまりにスペシフィックな事項に踏み込まず、投資家のメッセージは「資本コストを上回るROE」を求めることでよいのではないか。そのソリューションを探し実践するのが経営者の役割である。

株主は経営に関する提案をする権利がある。しかし政府にはない。
政府は国営企業以外、経営に関与する権利はない。これではまるで「コーポレートガバナンス」がいいように利用されている気がする。

そもそもコーポレートガバナンスとは企業統治、企業をいかに統べるか、ということであって、設備投資や賃上げをコーポレートガバナンスに絡めて促そうと言うのは間違っている。そこが一番気持ち悪さを感じるところである。

英国と日本 スチュワードシップ・コード導入の経緯は真逆?!

日本版スチュワードシップ・コードもコーポレートガバナンス・コードも英国など海外の原則を手本として導入されたものだが、そもそもの導入の経緯が海外と日本では真逆である。

英国におけるスチュワードシップ・コードの策定は、90年代初頭に社会問題になった企業の不祥事がきっかけである。

マネーロンダリングと粉飾決算で経営破たんしたBCCI銀行事件、年金の不正流用が発覚したマクスウェル事件などの不祥事が相次ぎ、その対処法として英国はコーポレートガバナンスを強化し企業行動を律する必要を認識した。

それが92年のキャドバリー委員会の設立であり、その集大成がキャドバリー報告書である。その報告書のなかで「機関株主委員会」というものが規定された。まさにコーポレートガバナンスは企業だけでなく機関投資家等、株主も関与する責任であるという考え方の基礎がこれによって示されたのである。

英米では企業の「行き過ぎ」を抑制するという目的で、機関投資家もコーポレートガバナンスにもっと関与するべきだとスチュワードシップ・コードが制定されたのである。

翻って、日本ではどうか。

企業の「行き過ぎ」を抑制するというよりは、その反対に「行かなさ過ぎ」をたしなめる、もっと「行け」と尻を叩くような感じである。もっとアグレッシブになれ、もっと高いROEの目標を掲げろ、もっと株主価値の最大化を追求せよ。

これではまさに正反対の志向なのだ。

企業は自ら経営判断をして一歩を踏み出すべき

もちろん、企業と機関投資家との対話はもっと促進されるべきだが、問題点は、企業資金の使い方や、事業部門の統廃合を、政府から指摘されて、機関投資家が(圧力をかけるわけではないが)対話で指摘するという形で企業経営が変わってしまって良いのだろうか。

政府が、企業経営の領域に踏み込みすぎではないのかという疑念がある。もちろん、日本の企業が正しい方向に変わっていってほしいが、希望としては、本来ならば企業自らが経営判断して一歩を踏みだしていくべき問題だと考える。

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