2002年1月11日から2011年8月19日までマネックスメールに連載した マネックス・ユニバーシティ代表取締役(※連載当時)内藤忍の資産設計コラム。(現在は更新しておりません)
相場の変動を予測し、リスクをコントロールしながらリターンを目指すのが、投資の基本です。そしてリスクコントロールのために使われるのが統計学です。統計的分析では実際のデータをあるモデルに当てはめ、その確率分布に従うと仮定して近似させます。しかし現実はモデルより複雑であり、確率分布は現実を単純化したものに過ぎません。モデルは有用ですが、現実とのズレが当然存在します。
モデルとして多くの場合、使われるのが正規分布です。正規分布であれば平均と標準偏差を計算し、平均値からプラスマイナス2標準偏差の中に収まる確率が95.4%になることが知られています。そして平均と標準偏差はパソコンを使えば簡単に計算できます。正規分布にはデータの加工が簡単だというメリットがあるのです。
■ 標準偏差の3倍は1970年からで3回目
実際のマーケットデータで検証してみましょう。株式・債券を組み合わせ、外貨資産を40%程度組み入れ、標準偏差が8~9%前後になる分散投資を行う場合(私自身も実践している方法です)、通常1年間の変動率は20%以下に収まります。ところが、2008年のマーケットでは標準偏差の3倍を超える変動が発生しました。その結果、今年11月末時点の1年間のマイナスはインデックスのデータで計算すると30%弱にまで広がりました。
1970年から2008年11月末までの月次データを用いたバックテストでは、3標準偏差を超える変動が発生したのは1970年以降で3回あります。10年に1度あるか無いかの出来事というわけですが、正規分布に基づく確率では標準偏差のプラスマイナス3倍に収まる可能性は99.7%です。現実の相場では正規分布より変動が大きくなっているということです。
■ マーケットは正規分布ではない
「経済物理学の発見」という書籍によれば、金融マーケットは正規分布よりも「べき分布」に近いとされています。
「経済物理学の発見」高安秀樹氏著(光文社新書)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334032672?ie=UTF8&tag=monexuncojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4334032672
べき分布といってもどのような分布なのかイメージしにくいのですが、マーケットに限らず世の中に存在するものの多くはべき分布になっているようです。例えば、ガラスが細かく割れてしまったときの破片の大きさ、CDの売り上げ、インターネットのページのアクセス数といったものはすべてこのべき分布に従うというのです。
この本には為替マーケットの実証データも出ていますが、実際の膨大なデータから導き出された分析結果には、驚かされました。マーケットの複雑な動きに興味のある方にはきっと参考になる内容だと思います。
現実の世界と正規分布を比較すると、正規分布では極めて可能性が低いとされる4標準偏差、5標準偏差といった例外値も発生することが意外に多いという事実が紹介されています。正規分布を前提に考えると大きなリスクが発生する確率を過小に見積もってしまうのです。
金融の世界でも、オプションの理論値を計算する際に使われるブラック=ショールズ式も正規分布を前提に計算されており、計算値をそのまま使ってしまうと価格計算が変動を過小評価してしまうことは知られています。
■ 分散投資は保険と同じ考え方で
このように正規分布を前提に計算するとリスクが過小評価されてしまうのであれば、例えば標準偏差の2倍ではなく、標準偏差の3倍程度まで余裕を持って想定して資産配分を考えておくという方法があります。
この場合、外貨比率を40%のままにしておくとすると、株式の比率は50%から30%程度まで引き下げる必要があります。過去データで見るとこのようにリスクを下げると今回のような下落局面でも最大損失を資産全体の20%以内に抑えられるという結果になりました。
しかし、このようにリスクを下げれば、当然ですがリターンも下がります。また現時点において、そこまでのリスクを考えた運用を行うのが良いかについても検討は必要です。リスクをどこまで取るか、は保険をどこまで掛けるのかと同じようにトレードオフの比較判断です。過剰に保険をかけてコストがかかってしまうのと同じ事態は避ける必要があります。
リスクを回避しようとすればするほど、期待できるリターンも下がっていきます。元本を減らしたくないという究極のリスク回避をするなら、元本保証商品(すなわち預金)しか活用できず投資はできなくなってしまいます。
■ 新しい金融イノベーションを投資に活用する
確率分布はあくまで現実を近似させたものであり、完全なものにはなりません。しかしより現実に即したアプローチが開発されれば、精緻なリスクコントロールが可能になります。
そのような新しい金融イノベーションはカオス、フラクタルといった自然現象を分析するいわゆる複雑系の研究から派生する可能性もあるでしょうし、ダニエル・カーネマン博士がノーベル経済学賞を受賞して脚光を浴びるようになった行動経済学的なアプローチから生まれるかもしれません。
行動経済学と言えば、今週末には学術総合センターで行動経済学会の大会が2日間にわたって開催されます。新しい金融イノベーションが生まれるきっかけになるかもしれないと期待しています。
行動経済学会(発表内容もWeb上で誰でもご覧いただけます)
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/abef/event2.html
リスクのコントロールに限らず「時間選好」「投資行動」「行動経済学の応用」「資産運用」といったそれぞれの分野のイノベーションに期待したいと思います。
今回の話のまとめ---------
■ マーケットの動きは正規分布では完全に説明できない
■ リスクとリターンの関係はトレードオフである
■ 新しい金融のイノベーションによってリスク管理が進化する可能性がある
ではまた来週・・・。
(本コラムは、筆者の個人的意見をまとめたもので、筆者の所属する組織の公式な見解ではありません。)
内藤 忍
株式会社マネックス・ユニバーシティ 代表取締役社長
http://www.monexuniv.co.jp
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