第10回 有事の金は売り? 【豊島逸夫の金道場】

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第10回 有事の金は売り? 【豊島逸夫の金道場】

有事の金は「買い」といわれるが、プロの世界では「売り」と考えられることも多い。例えば、イラク戦争開戦直後に金価格は暴落している。なぜか。

イラク戦争の半年前から金市場を動かす有力な中近東筋はニューヨーク市場で「開戦必至」との読みで金先物を静かに買い増していた。そして、予想どおり開戦となった当日には、一斉に利益確定の売り攻勢に出たのだ。ディーラーの間では「噂で買ってニュースで売る」と言われる常套手段なのだが、戦争もニュースとなれば世界中の人たちが知るところとなり、プロにとっては「鮮度の低い材料」ということになるのだ。その時、メディアは「有事の金」と煽り立てたので、それに乗って一儲けを企み買いを入れた個人投資家たちは、思わぬ高値掴みをする結果になった。

したたかなのは、ユダヤ系ゴールド・トレーダーたち。メディアの取材に対し、平然と「有事の金買いですよ」と言ってのけたものだ。これこそ、俗に言われる「ポジション・トーク」の最たる例であろう。
プロは、常に先読みして動く。戦争になってから買ってももう遅い。

そもそも「有事の金」の本来の意味は、「平時」に金を買い蓄え、「有事」には売って凌ぐこと。有事の金は売りなのだ。

このことを身を持って経験したのが、お隣の国、韓国。

アジア経済危機の際に、極端な外貨不足に陥った。そこで、国民に呼びかけ、金製品を拠出してもらったのだ。勿論ただ召し上げるのではなく、ウォンとの交換であった。そこで韓国全土から集まった金の量は200トンを超えた。年間金生産量が2800トンほどであるから、大変な量である。それを韓国政府は、直ちに売却して米ドルに換え、外貨不足を乗り切ったのだ。

このように「有事の金」の有難味を知っている韓国政府は、2011年から外貨準備の一部としての金購入を始めた。将来の危機に備え、国家資産の一部を「有事の資産」に変えて保有しようという国策である。

また、筆者が、これこそ「有事の金」かと痛感したエピソードがある。
2001年9月11日。米国同時多発テロの時のことだ。

あの崩落したワールド・トレード・センター近辺には金取引所があり、筆者もあのビルの中のスイス銀行トレーダーとして働いた経験があった。そして、あの超高層ビルの地下6階には取引所在庫として8トンもの金塊が保管されていたことも知っていた。

だから、あの日、あの晩、10時過ぎに帰宅し、テレビに映るワールド・トレード・センター崩壊を茫然として見つつ、頭に浮かんだことは「あの金塊はどうなった」ということだったのだ。

セキュリティー等の問題で当然ニュースにはならなかったが、後々確認したところでは、金地金の表面が若干凹んだものの、重量は1グラムも欠けることなく回収されたそうだ。
あの前代未聞の衝撃にも耐えた金塊。まさに、これが「有事の金」かと、今更のように感じ入ったものだ。

コラム執筆:

豊島逸夫(としま・いつお)  豊島逸夫事務所(2011年10月3日設立)代表
豊島逸夫事務所(2011年10月3日設立)代表。2011年9月末までワールド ゴールド カウンシル(WGC)日本代表を務めた。1948年東京生まれ。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、NYでの豊富な相場体験をもとに 金の第一人者として素人にも分かりやすく 独立系の立場からポジショントーク無しで 金市場に限らず国際金融、マクロ経済動向についても説く。

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