第22回 高齢者権益保障法 【北京駐在員事務所から】

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第22回 高齢者権益保障法 【北京駐在員事務所から】

中国には、伝統的に親、あるいは高齢者を敬う文化があります。
先祖を敬い、親孝行をすることが当然とされ、多くの中国人はこれを美徳とし、誇りに思っています。
旧正月(春節)には人々が一斉に帰省し、北京の街は閑散状態になります。実家で親族が一堂に会し、大宴会を催すのが中国の年越しのスタイルです。年長者を「老○」(例えば王さんなら「老王」)と呼び、これは尊敬の念を込めた表現になります。

地下鉄やバスでも、高齢者が乗車すると若者はすかさず席を譲ります。
時には、バスの車掌が乗客に「あなたは立ってこちらのお年寄りに席を譲りなさい。」と指示することもあり、乗客も黙ってそれに従います。

そのような中国でも、近代化の進展に伴い、進学や就職などのため親元を離れる若者が増え、中には親子関係が疎遠になった結果、高齢の親が孤立するケースも生じています。
子が老親の扶養をせず、親子間で訴訟となるような事例も発生したことから、政府は7月1日より、新たに「高齢者権益保障法」を施行し、高齢者と別居する家族に「頻繁に高齢者を訪問する」よう求め、また雇用主(企業)に対し、訪問のための休暇を保証するよう求める等、家族間扶養のシステムの再構築を図っています。

立法の担当者は、「法の趣旨は奨励であり義務ではない」としており、また罰則規定も無いのですが、先日77歳の母親が娘夫婦に対し扶養を求めた裁判の判決では、この法律に基づき、娘夫婦に「少なくとも2ヶ月に一度は帰省するよう」求め、これに従わない場合には賠償金の支払を命じる可能性があるとしています。
「扶養の履行を巡って親子が法廷で争う」というところに、何とも違和感が拭えませんが、家族間の問題にも立法、司法が介入しなければならないほど、社会規範の崩壊が進んでいると見ることもできます。

当然ながら、この法律については極めて評判が悪く、「現実離れしている」あるいは「子に不当な負担を強いるものだ」との意見が多く聞かれています。
また、専門家も「実効性には疑問」と述べており、今後、判例等に基づき、どのような運用が定着するのか、あるいはしないのか、良くも悪くも注目されます。

日本でも、民法第877条第1項で「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」と定められており、親子間には相互に扶養の義務があります。
そして、扶養義務の履行等につき、当事者間で協議が調わない時には、家庭裁判所がこれを定めるとされています。
家族間の問題ですので、法令での縛りは、せいぜいこの程度とし、個別具体的には当事者あるいは裁判所に委ねることが妥当でしょう。法律で「頻繁に帰省」(「頻繁」の解釈は、今後の判例に委ねられることになります。)と定めることには、やはり無理があるように思います。

「高齢者権益保障法」も、中国の急速な経済発展の副作用を如実に示したものと言えます。
老親の扶養ももちろんですが、農村部では両親が出稼ぎで不在となり、子供だけで生活する世帯が数千万にもなると言われています。これも極めて重大な問題です。
一人っ子政策の影響で、今後中国では日本を上回るスピードで人口の高齢化が進む見通しです。労働人口の確保、年金等社会保障制度の維持、さらには崩れた社会規範の再構築と、難しい問題が複雑に絡んでいます。
政府の主導によるのではなく、むしろ国民一人一人が考え行動することで、状況の改善につながることを期待したく思います。

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コラム執筆:長野雅彦 マネックス証券株式会社 北京駐在員事務所

マネックス証券入社後、引受審査、コンプライアンスなどを担当。2012年9月より北京駐在員事務所勤務。日本証券アナリスト協会検定会員 米国CFA協会認定証券アナリスト

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