第61回 「農業」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

マネックスメール編集部企画の特集コラムをお届けします。

第61回 「農業」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

みなさん、こんにちは。『今どき、株で儲けるヤツは、「業種別投資法」を使っている』著者の長谷部翔太郎です。少しずつですが、世界の株式市場は落ち着きを取り戻してきたようです。しかし、例えば米国市場は急落分の半値戻しを達成してきたのに対し、日本市場の反発力はまだまだ鈍いと言わざるを得ません。国内景気もすっきりしない中、中国景気の減速などが相場の上値を抑える展開になっているようです。底堅いと思われていた企業業績にもやや失速の感が出てきました。これらが当面は相場の重石となるリスクが燻っています。引き続き、まだ警戒心をもって相場に臨む状況と位置づけておきたく思います。

さて、今回採り上げるテーマは、「農業」です。先日、5年もの長期間を交渉に費やしたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)がようやく大筋合意に至りました。正式な発効には各国議会で批准される必要はありますが、世界のGDPの4割弱を占める自由貿易圏の出現は、これまでの貿易ルールを大きく変えていく可能性を秘めています。特に、TPP域内の人口は2020年には5%の増加が見込まれるなど、市場は大きな成長が予想されています。これから人口減少に向かう可能性が高い日本にとって、TPPはビジネスチャンス拡大の好機と捉える向きも少なくありません。とはいえ、TPP交渉への参画当初は激しい論戦を呼びました。ご記憶の方も多いでしょうが、2011年の交渉参加検討開始時点においてはTPP参加の是非についてかなり突っ込んだ議論がなされています。大筋合意をなった現在でもこれらへ確たる結論は出ていませんが、報道を見る限り、(依然として種々の問題は残しつつも)かなり議論はこなれてきたように感じられます。

今回のテーマとする農業は、TPP交渉において、かつて最もダメージを受けると予想された産業の一つでした。この懸念が解消したとはまだ言い難い状況にありますが、やはり「ピンチをチャンスに変える」といった前向きの思考が徐々に広がってきているように思えます。ここにきて新銘柄・新品種のコメが相次いでいるのも、その証左の一つかもしれません。もちろん、新品種開発は何年も要するものであり、TPP交渉以前から研究されていたものも多いはずです。ですが、TPPを目前とした危機感が開発を急がせたのでは、という観測も無視できなかったのではないかと考えます。「危機は『危機』と認識した時点で、既に危機ではない」という名言もありますが、生き残りに向けての創意工夫は今現在も各所でなされているものと想像します。そもそも、増え続ける世界人口の胃を満足させるためにも、農業が不可欠かつ最重要な産業であることは疑いの余地がありません。競争力を回復することができれば、農業はこれから大化けする分野になるのではないかと期待が膨らむのです。

しかし、これまで農業に進出しようとした企業(特に大企業)の戦績は惨憺たるものでした。2000年に株式会社の農業参入が認可されて以降、少なくない数の大企業が多角化の一環として農業に参入しましたが、方針の甘さやノウハウの不足、過剰投資などから、成功といえる段階にまで昇華できた例は稀です。一方、ノウハウを熟知する伝統的な農家が農業の変革に挑むには、資金的にも環境的にも組織的にも、そして士気的にも、やや荷が重いというのが現実でした。勢い、株式投資においては、農薬会社や種苗産業、農機具メーカーなどが農業をテーマとした投資対象となっていたのが現状と言えるでしょう。農業が有望産業であるとの指摘はこれまで多々なされてきましたが、銘柄選択という観点では周辺産業が中心とならざるを得ないという状況にあったと思います。

言い換えれば、テーマを農業に据えようにも「ど真ん中」銘柄というのがなかなか見つからなかったというのが現実です。既に株式市場の多くのテーマは主体を成す銘柄群が決まってきており、それらが折に触れて再評価されるケースが一般的ですが、こと農業に関してはまだ主役が揃っていないという段階にとどまっているのです。このことは、農業銘柄にはまだまだ発掘の余地があり、新興企業が輩出されてくる可能性も否定できないことに他なりません。TPPの進捗は、日本における農業の競争力を一気に高めていくきっかけになると考えれば、ど真ん中銘柄の出現は決して夢物語ではありません。ピンチの時こそ、そういった企業にとってチャンスとなるはずです。そして、それは日本の農業が大きく復活する狼煙になっていくのではないか、と大きく期待しています。

コラム執筆:長谷部 翔太郎

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