第78回 「BREXIT(ブレグジット)」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

マネックスメール編集部企画の特集コラムをお届けします。

第78回 「BREXIT(ブレグジット)」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

みなさん、こんにちは。『今どき株で儲けるヤツは、「業種別投資法」を使っている』著者の長谷部翔太郎です。さて、今回は「BREXIT(ブレグジット)」をテーマに採り上げたいと思います。BREXITは英国(Britain)がEUより離脱する(Exit)するという意味の造語で、来る6月23日にその是非を問う国民投票が実施される予定となっています。現在のところ、世論調査では賛成、反対がほぼ拮抗しており、国民投票の結果はかなり予測がつき難い状況と言えます。仮に英国がEUから離脱する決議となれば、欧州の政治経済にとって大混乱となる可能性が高く、その行方は注目せざるを得ません。既にBREXITは相場の懸念材料として認識されてはいますが、その不確定要因の多さから、まだその影響を織り込むまでには至っていないのが現状でしょう。とはいえ、通常はまず投票前までに一定のシナリオが相場に徐々に織り込まれていき、投票結果が出たところで材料出尽くし、となるケースが一般的です。実際のところは、英ポンド安が進行した局面もありましたが、現在はややポンドが持ち直しつつあり、ロンドンの不動産市況も依然好調を維持しています。市場は、(世論調査の結果はどうであれ)今のところ離脱の実現性を高くないと見ているのかもしれません。しかし、どうも今回のこのテーマに関して、筆者は判断が難しいように感じています。市場はぎりぎりまでシナリオを織り込みきれない可能性もあり、投票結果によっては大きな波乱が生じることも考えておく必要を感じています。

それは、そもそも英国にとってもEUというシステムから得ているメリットは大きいため、です。例えば、英国がEUの恩恵を強く受けている金融業は、そのメリットを活かし、今や英国最大の産業とも言える存在となっています。ロンドンが超強力な金融センターに成長したのは、2000年前後に、欧州大陸から金融拠点が挙って集った結果です。EU域内では「人・モノ・カネ」を自由に往来させることができたため、域内では主要拠点を幾つも抱える必要がなくなり、ロンドンに集中させることができたのです。対照的に、フランクフルトやパリは金融センターとしての地位は低下してしまいました。EU離脱となれば、この逆回転が起こることにも繋がりかねません。単純に考えれば、そんな英国がEU離脱を議論することに合理性はないように思えるでしょう。英キャメロン首相も、「EU離脱となれば英国の景気に悪影響を及ぼす」としっかり言明しています。にもかかわらず、世論では離脱派が決して少なくないのは、デメリットの方が大きいと感じる国民が着実に増えているのだと想像できます。

それではいったい、EU離脱を検討する大義はどこにあるのでしょうか。よく指摘されるのは、EUのルールに対する反発、移民流入に対する懸念、EU内での債務危機、といった事象です。ですが、本質的には、英国には大陸欧州とは精神的にも法体系的にも一線を画す文化が元々あり、欧州合衆国化を指向するEUとの理想の違いが徐々に見えてきたためではないか、と個人的には想像します。厳しいルールや移民問題などはその引き金を引いた材料に過ぎず、そもそも理想が違う以上、EUの作法に付き合う必要はない(付き合いたくない)、という考え方です。とすれば、これはアイデンティティの問題と重なってくるものであり、単なる経済合理性などでは片づけられないものとなります。世論が拮抗しているのはまさに、そのためだと考えるのです。理屈ではない分、これは厄介な問題と言えるでしょう。

しかも、実は英国に限らず、大陸欧州の国の中でもEUへの懐疑が提示されるケースは増えているように思えます。二度の世界大戦を経て、実験的に始まったEUは今や共通通貨を持つ疑似合衆国にまで成長してきました。壮大な実験も最終的な統合プロセスを前に、主要国による足並みの乱れという最大の困難に直面しつつあるのかもしれません。当然ながら、ここで英国がEU離脱と仮になれば、あるいは残留となっても離脱派が「有意な」得票数を獲得すれば、EUを結ぶ紐帯は緩み、他国に移民問題や債務問題(延いてはアイデンティティ問題)が飛び火する可能性は否めません。そもそもEUとは国のアイデンティティの問題を理念と合理性でカバーした取り組みなのですから。今回の国民投票の結果はパンドラの箱を開けることになるのかもしれません。


コラム執筆:長谷部 翔太郎(証券アナリスト)

日系大手証券を経て、外資系投資銀行に勤務。証券アナリストとして、日経や米Institutional Investors誌などの各種サーベイで1位の評価を長年継続し、トップアナリストとして君臨する。外資系投資銀行で経営幹部に名前を連ねた後、現在は経営コンサルティング会社を経営する。著述業も手がけ、証券業界におけるアナリストのあり方に一石を投じる活動を展開中。著作は共著を中心に多数。

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