第174回　退職年齢（定年）の引上げ　【北京駐在員事務所から】

中国では、2011年の9億2,500万人をピークに、生産年齢（15歳から59歳）人口の減少が始まっています。
2012年には9億2,200万人、昨年2015年時点でも9億1,100万人と、現在は減少のペースは緩やかですが、政府の推計では、2030年に8億3,000万人に、また2050年には7億人にまで減少すると見られており、経済成長の阻害要因になることが懸念されています。

中国政府で労働行政を担当する人力資源及び社会保障部（日本の厚生労働省に相当します）は、対策として、現在男性60歳、女性50歳（幹部については55歳）とされている退職年齢（定年）の引上げを検討しています。
定年の引上げは、数年前から議論されてきたのですが、成長減速で若年層、特に大学卒業生の就職が厳しさを増していたため、実施に踏み切れずにいました。
政府の報道官は、今後生産年齢人口の減少傾向が強まることから、定年の延長によっても、若年層の就業機会が奪われることにはならないと強調しています。
加えて、定年延長の対象となる年配者の多くは、伝統的な重厚長大産業など製造業に多く従事しているのに対し、若年層はIT産業などを志向しており、両者は住み分けが図られているとも述べています。

政府は、比較的退職年齢が低いいくつかの地域を対象に、定年の引上げを先行して実施し、影響を見極めた上で、全国での引上げに踏み切る考えです。上海自由貿易試験区などが典型例ですが、中国では新たな政策を施行する際に、一部の地域で限定的に先行実施し、効果を観察することがしばしば行われます。対象地域がどのように選定されるのか、注目されるところです。
また、政策変更については、事前に公表し、パブリックコメントの手続に付す予定とも伝えられています。

今回の定年引上げの動きには、持続的な経済成長を図りたい政府の思惑が透けて見えます。
また、日本でも少子高齢化により年金制度の持続可能性が疑問視されていますが、中国では公務員など一部を除き、制度そのものが未整備なまま高齢化が進んでいることから、年金制度の整備のための時間稼ぎを図っていると見ることもできます。
政府系研究機関の責任者は、高学歴化が進み、就職する年齢が高くなっていることから、定年の引上げにより、現役で働く期間が長くなり、より多くの収入と、高水準の年金を得ることができると指摘し、個人にも、社会にとっても望ましい変化が生じると述べています。

政府の立場では良いことばかりなのでしょうが、個人の側から見ると、一概に良い話とは言えません。
中国では、早期に定年を迎えた祖父母世代が、リタイア後に孫の世話に専念し、父母が共にフルタイムで働くという家庭が多いのですが、定年延長により祖父母が孫の世話に従事出来なくなる場合、日本と同じように、親世代に仕事と子育ての両立の問題が生じ、少子化につながることが懸念されます。
「退職後は孫の世話をしつつ悠々自適」を夢見る人達にとり、定年引上げは有難くない制度変更になるのかもしれません。

「男女で退職年齢が異なる」ことにも驚かされますが、一人っ子政策の廃止と同様、この定年引上げも、意図した効果に加え、様々な影響、副作用が生じることが予想されます。
経済成長と各個人、家庭の幸福が両立できるよう、政府の慎重な対応が求められます。

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コラム執筆：長野雅彦　マネックス証券株式会社　北京駐在員事務所長

マネックス証券入社後、引受審査、コンプライアンスなどを担当。2012年9月より北京駐在員事務所勤務。日本証券アナリスト協会検定会員　米国CFA協会認定証券アナリスト