第84回 「新興国」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

マネックスメール編集部企画の特集コラムをお届けします。

第84回 「新興国」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

みなさん、こんにちは。『今どき株で儲けるヤツは、「業種別投資法」を使っている』著者の長谷部翔太郎です。停滞感の強かった株式市場でしたが、先月末のイエレンFRB議長講演を受けて米利上げ観測が一気に高まることとなりました。日本の株式市場でもこれを好感し、久々の日経平均17,000円超えとなりました。17,000円はこれまで跳ね返されてきた心理的壁となっていましたので、これを越えてくることで相場のムードも一気に変わるきっかけになるかもしれません。2016年は早くも9月相場入りしました。そろそろラストスパートに向けて準備を始めたいところです。

さて、今回は「新興国」をテーマに採り上げたいと思います。ここでは特にBRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)を想定して議論を進めましょう。実はこのテーマは2014年にも一度取り上げています。その際には「新興国自身の景気問題」が露呈し、「新興国経済はその存在感を明らか低下させつつある」。そして「新興国への興味は、分散投資の対象という長期的な視点を除くと、一旦一巡してしまったと見ざるを得ない」との考え方を提示いたしました。振り返って見ると、この見方は半分が的中し、半分は外れたということになるかと思います。外れたのは、2014年時点に比べると(紆余曲折はあったにせよ)ロシアを除く4か国の株価指数は現地通貨ベースで上昇を遂げており、為替の影響を除けば投資対象としては決して悪いものではなかったということです。一方、的中と言えるのは、ほぼこのシナリオ通りに事態は進み、上昇を遂げた国の株価指数でさえ、それまでに比べるとそのピッチはかなり鈍化したということです。種々の懸念要因が顕在化してきたことで、成長市場としての新興国市場はかつての勢いは削がれた格好となりました。それらを潜在成長力への期待で株価を持ち上げた、という構図になっているように感じます。

では、これからはどうでしょうか。大局的には、ほぼ悪材料は俎上に出尽くしている印象です。新興国経済に対する構造問題や政治問題などは、その悪化に歯止めがかかっておらず、解決策もまだ見えていませんが、「問題が山積みであることはもはや誰でも知っている」ことも確かです。既に株価にはかなりのリスク要因が織り込まれていると考えることができるかもしれません。もちろん、戦争や革命などといった大波乱リスクの存在は否定できませんが、これらはそもそも予測が不可能であり、新興国だけの問題とも言えません。こういった極端なリスクシナリオは横に置いてみると、バッドニュースイベントに反応して株価が短期的に動くことはあるとしても、やや長い目で見れば、潜在成長力への期待に収斂する流れに変化はないのではないかと想像します。つまり、(極端なリスクを除いて)このシナリオが崩れるとすれば、何らかの要因で潜在成長力自体に翳りが生じてくるといったケースとなります。このことは、新興国投資のカギは(当面の諸問題よりも)潜在成長力に翳りが出てくるか否かにかかっていると言いうことに他なりません。

潜在成長力とは、一義的には資本と労働力と生産性の積と考えられます。成長率に翳りが生じる状況というのは、この3要素のうち、少なくとも一つが減速・停滞となってしまう状況と言えます(理論上は、一つの要素が減速しても、他の要素が大きく伸長すればカバーはできます。労働人口減少に直面する日本で、生産性改善が声高に求められるのはこのためなのです)。新興国の多くは安価で豊富な労働力を現在有していますが、これが果たして維持できるのかどうかが第一のポイントでしょう。また、技術や教育、練度が求められる生産性、そして投資や消費の大元となる資本においては、現在は外国企業からの投資という形を発端に依然発展途上にあるというのが現実です。これらを自国のモノとして広く根付かせることができるかどうか、が次のポイントになります。言い換えれば、これらのポイントに不安感が生じてくれば、潜在成長力に対する期待は後退しかねません。その場合は、むしろ種々の問題の方がより注目されることとなり、株式市場でもその不安を敏感に反映していかざるを得なくなると予想します。

また、忘れてはならないのは、先進国の動向です。先進国の景気が拡大してくれば、当然、そこに在る企業は自国へ投資を優先させがちです。如何に新興国の潜在成長力が大きいとしても、海外のカントリーリスクや自国市場の好調を考えれば、投資の優先順位が変化してくるのは当然でしょう。そして、新興国への技術や資本の流入がそれによって細ることになれば、やはり新興国にとっては潜在成長力の鈍化に繋がってしまいかねません。米国で金利上昇観測が高まると新興国の通貨や株価が影響を受けるのはその連想が働くためなのです。本来、新興国景気は先進国景気とは連動する存在であるはずですが、新興国経済が外資に依存する段階ではこういった相反する影響が発生するケースがあり得るのです。これもまた皮肉な現実の一つかもしれません。新興国投資を考えるうえでは、是非頭の隅に入れておいていただきたいポイントです。


コラム執筆:長谷部 翔太郎(証券アナリスト)

日系大手証券を経て、外資系投資銀行に勤務。証券アナリストとして、日経や米Institutional Investors誌などの各種サーベイで1位の評価を長年継続し、トップアナリストとして君臨する。外資系投資銀行で経営幹部に名前を連ねた後、現在は経営コンサルティング会社を経営する。著述業も手がけ、証券業界におけるアナリストのあり方に一石を投じる活動を展開中。著作は共著を中心に多数。

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