第86回 「パリ協定」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

マネックスメール編集部企画の特集コラムをお届けします。

第86回 「パリ協定」を読み解く 【市場のテーマを再訪する。アナリストが読み解くテーマの本質】

みなさん、こんにちは。『今どき株で儲けるヤツは、「業種別投資法」を使っている』著者の長谷部翔太郎です。株式市場は完全にボックス圏での推移となってきました。今月末からは中間決算も控えており、なかなか動き難い局面にあると言えるでしょう。ただ、懸案だった英国のEU離脱タイミングが徐々に明らかとなり、米大統領選も少しずつ流れが見えてきたように思えます。筆者は、中間決算が出尽くしたところで、市場は一気にこれらの変革を織り込み始めるのではないか、と予想しています。

さて、今回は「パリ協定」をテーマに採り上げたいと思います。パリ協定とは、COP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)において採択された協定です。地球温暖化など、世界の気候変動への対処を議論したもので、「産業革命以来の世界平均気温の上昇幅を2℃以下に抑制する」ことなどが定められました。これは1997年策定の京都議定書(発効は2005年)に続く地球温暖化への国際的な合意となります。京都議定書では、最大の温室効果ガス排出国である米国が途中で離脱し、排出量を急増させている中国も参加しなかったことから、実質的には骨抜きの協定となりました。しかし、パリ協定では世界196か国・地域が参加したうえ、各国で批准が相次いだことから、11月にも発効の見通しが固まりました。かつてないほどにスムーズで足並みの揃った合意形成が実現できた背景には、それだけ地球温暖化への危機感が広く共有されたということがうかがえます。実際、ここ数年は異常気象が世界各地で頻発し、日本でも猛烈な台風の発生や北海道への上陸など、かつて見られなかった現象が多発しています。京都議定書が作られた時と比較して、事態は確実に切迫してきていると言えるかもしれません。パリ協定には未だ目標達成の義務化や未達成時の罰則規定は用意されていませんが、地球環境維持に向けての転換点になるのではないか、との期待は膨らんでいます。

残念ながら、日本政府の批准は発効のタイミングには遅れそうなのですが、パリ協定の発効は世界のエネルギー政策や環境維持政策に大きな影響を与えることになると予想します。これまでの地球温暖化対策は企業個々、あるいはせいぜい国内市場がその中心でしたが、パリ協定の発効やさらには罰則規定まで設定されることとなれば、温暖化対策は一気に世界規模での取り組みへと変わってきます。これまで先進国に追いつくべく温室効果ガスの排出には目を向けていなかった新興国や途上国までもが、コストの発生や効率の低下を甘受しても地球環境保全に舵を切ったのですから、その変化は大きいはずです。そういった中、この分野で日本企業が世界に貢献できる可能性は非常に高いと考えます。特に、温室効果ガスの抑制・削減に関しては、石油ショック以来、日本企業の省エネはお家芸とも言える分野です。東日本大震災の教訓もあります。批准が遅れるとルール作りに関与できなくなってしまうため、日本企業の強みを活かせるかどうかの不透明感は増してしまいますが、それでも大きなビジネスチャンスであることは疑う余地はないでしょう。かつて環境汚染対策としてNOxやSOxへの対応技術を日本企業が先導したように、温室効果ガスにおいても日本企業の技術力やノウハウが世界をリードすることも十分考えられると期待します。そこには、現在の日本では「温暖化対策」として一般に普及してしまったような技術やノウハウも、世界ではまだまだ通用するようなモノが再発見されることもあるはずです。これらは非常に大きな取組みでもあるため、株式市場でも折に触れて物色される息の長いテーマになるのでは、と予想しています。

しかも、それだけではありません。それだけ事態が急を要しているということは、それだけ危機的でもあるということの裏返しと言えます。今ブレーキを踏んでもすぐに効果は出ず、しばらくは異常気象という状況が継続すると考えるべきでしょう。災害に強いインフラの構築、異常気象への警戒システムなどは、今後その需要が広がっていくのではないでしょうか。ビッグデータの解析といった分野も不可欠でしょう。さらには、それを伝える警報システムも重要です。日本でも、ゲリラ豪雨や竜巻に関しては様々な方法で周知される手段が生まれてきていますが、これらが世界的に応用される可能性も要注目と考えます。当然、これらは需要地やその住人にとって使い勝手がよいようにカスタマイズされる必要はありますが、それを実現すれば市場は世界中に広がることになるでしょう。

なお、読者の中には地球環境保全をビジネスと捉えてしまうのには違和感を持たれる方も少なくないかもしれません。しかし、ビジネス化することで普及速度や技術発展側の加速やコストの抑制がなされることも事実です。敢えてビジネスと捉えることもまた、重要なのだと筆者は考えています。


コラム執筆:長谷部 翔太郎(証券アナリスト)

日系大手証券を経て、外資系投資銀行に勤務。証券アナリストとして、日経や米Institutional Investors誌などの各種サーベイで1位の評価を長年継続し、トップアナリストとして君臨する。外資系投資銀行で経営幹部に名前を連ねた後、現在は経営コンサルティング会社を経営する。著述業も手がけ、証券業界におけるアナリストのあり方に一石を投じる活動を展開中。著作は共著を中心に多数。

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