マネックスメール編集部企画の特集コラムをお届けします。
10月入りで、為替市場にも動きが出てきました。円高警戒が強かったドル/円相場は100円割れが常態化することなく円安ドル高方向に動き出し、長く膠着していたユーロ/ドル相場も、下方向に動き出したように見えます。そして、6月のブレグジット(英国のEU離脱)で急落したポンドも、「ハードブレグジット」への懸念の高まりから10月に入って一段安となっています。
ハードブレグジットとは、英国が欧州の単一市場へのアクセスを失うことです。「EU単一市場のアクセス」というのは、人、モノ、資本、サービスが自由に移動できるというもの。英国は、EUを離脱することでこのアクセス権を失うことになります。そもそも、英国民は移民受け入れに反対ですので、人の移動に制限をかけたいという思惑がありますが、モノやサービスなどの移動はこれまで通り自由にできたほうがいい。ロンドンにはシティと呼ばれる巨大金融街が存在しており、世界中の金融機関が集まっています。ロンドンは為替取引では断トツの世界一で、世界の為替取引の約4割がロンドンに集中しているとも言われています。こうした金融機関にとって「EU単一市場のアクセス」が出来なくなれば、EUでの商売ができなくなってしまうということです。英国からEUに金融商品などは販売できなくなってしまいます。金融機関もEUという巨大市場を失うわけにはいきませんので、ビジネス拠点をロンドンからEUのどこかへシフトせざるを得ないというわけです。金融機関がロンドンから去れば、雇用も失われるリスクも出てくることから、その影響は甚大になることは容易に想像できるのですが、英国テリーザ・メイ首相は10月2日に保守党大会で、経済への影響軽減よりも移民の制限を優先するという演説を行っており、経済界は大きく動揺しポンドが売り込まれました。英国国民投票はそもそも移民受け入れへの拒絶がもたらした結果ですので国民感情に沿う形ならば、ハードブレグジット路線ということになるのでしょうけれど、経済へのダメージは計り知れません。英国としても、単一市場のアクセスは継続したいところですが、英国に出て行かれる側のEUがそれを許さず。離脱した英国に配慮し特例を許せば、EU加盟の他の国もEUからの離脱を考え始めます。EU解体リスクが高まりかねませんね。
ポンド下落が加速し、市場が大きな動揺を見せたせいでしょうか。メイ首相は21日、EU離脱交渉で困難な局面に対応する覚悟を表明、域内統一市場残留へ取り組む考えを示しました。ハードブレグジットへの懸念が、投資家や企業の間などで広まる中、不安払しょくに努めた格好ですが、ボンド下落には歯止めがかかっていません。ブレグジットを巡る交渉は今後もポンドを大きく動かす材料となるでしょう。
一方で、ポンド安ならば英国経済にはプラスだからいいのでは?!という見方もあり、実際に英国の株価指数FTSEはブレグジット後のポンド安を好感し大きな上昇を見せ、過去最高値圏に上昇しています。しかし、ポンド安だけで、ここから更なる株価上昇があるでしょうか。Wトップでの下落リスクも否定できません。実は、英国は生産より消費が大きく、経常収支が大幅な赤字で、サプライチェーンも中間財の輸入に依存していることから、ポンド安による輸出価格の低下の恩恵を得られていないとの指摘も。
また、気になるのが英国のインフレ率。9月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比1%上昇しました。伸び率は8月の0.6%を上回り、2014年11月以来の高水準に達しています。コアインフレ率は1.5%で、これも2年ぶり高水準。出荷価格は前年同月比1.2%上昇と、3年ぶりの大きな伸びを記録しました。ポンド安による輸入物価上昇がインフレ率を押し上げ始めているとみられ、このペースでインフレが加速すれば、英国は長期緩和政策を取り続けるのは難しくなってきます。とはいえ、まだインフレ率は1%程度、BOEのカーニー総裁は、景気支援のためインフレ上昇を許容するとしており、次回11月3日のMPC金融政策会合では一段の利下げ予想が大勢となっていますが、気になるのはインフレの伸び率。もし、今回利下げが見送られれば一定のポンドの買戻しが入り、短期的にはポンド反騰となる可能性もあるのではないか、と思っています。
ただし、英国にはハードブレグジットへの懸念が重くのしかかっています。英国の家計債務比率はGDPの約87%、政府債務比率は108%にも上っていることが、ハードブレグジットとなれば英国からの資本流出を加速させるとの指摘もあり、ポンド安トレンドの大転換となるには、まだまだブレグジットの行方を見極める時間が必要でしょう。
コラム執筆:大橋ひろこ
フリーアナウンサー。マーケット関連、特にデリバティブ関連に造詣が深い。コモディティやFXなどの経済番組のレギュラーを務める傍ら、自身のトレード記録もメディアを通じて赤裸々に公開中。
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