第190回 乳幼児の誘拐は深刻な社会問題 【北京駐在員事務所から】

マネックスメール編集部企画の特集コラムをお届けします。

第190回 乳幼児の誘拐は深刻な社会問題 【北京駐在員事務所から】

前回の本コラムで、中国の大都市では高齢者の生活様式が変化し、家族の支援を受ける代わりに、介護付きマンションなど施設に入居する人が増えているとご報告申し上げました。
しかしながら、「施設で悠々自適」が可能なだけの所得あるいは資産を持たない庶民にとっては、老後の生活は子の収入と労力が頼みです。
年金制度が未整備で、公務員や国有企業の退職者などを除き、生活費を賄える額の年金を受給できないことも、「子供頼み」に拍車をかけています。

そのため、子に恵まれなかった、あるいは不幸にして子を事故や病気で亡くした夫婦にとっては、老後の生計維持は深刻な問題となります。
また、農村部では、将来の労働力としての期待から男子の誕生を望む風潮が根強く残っています。違法かつ危険な胎児の性別判定、あるいは妊娠中絶も横行し、新生児の男女のアンバランス(男子が女子の1.2倍)と男性の結婚難につながっています。

老後の生活のため、あるいは将来の労働力のためにどうしても子を持ちたいと考える夫婦は、究極の手段として乳幼児の人身売買に頼ることになります。
このような事情、需要があるため、都市部を中心に、中国では乳幼児の誘拐事件が絶えず、深刻な社会問題になっています。
テレビニュースでは、繁華街に設置された監視カメラが子供の連れ去りの場面をとらえた映像や、子を誘拐された親が必死に情報を求める姿などを報じています。

東部山東省青島市の飲料水メーカーは、子を誘拐された親を支援するボランティア団体と協力し、同社が製造するペットボトル飲料水のラベルに、誘拐された子の写真、生年月日と情報提供先を印刷し、販売しています。
まず、6名の子供を対象に、50万本を製造しました。
同社は、主に青島市と近郊で製品を販売していますが、近く北京や上海にも販路を拡大する予定で、情報の広範な拡散を図る計画です。
ボランティア団体を設立した女性は、誘拐された子の捜索のためには、様々な手段、方法を駆使することが必要かつ望ましいと述べ、飲料水メーカーの協力を歓迎しています。
また、今回製造されたペットボトルは、ソーシャルメディアでも大きく取り上げられており、誘拐された乳幼児の発見につながることが期待されています。

とは言え、広い中国では、乳幼児を誘拐した後、遠く離れた農村部などに連れて行き、依頼者に引き渡すケースも多く、発見は容易ではありません。
特に、自分の氏名の認識や両親、住まいなどの記憶が確立する前の乳児が被害に遭うことが多く、発見をより困難にしています。
上述のボランティア団体は、2007年の設立以来、1,700組を超える親子の再会を実現させましたが、なお31,000件もの未解決事件があり、残された家族の支援に当たっているそうです。
幼少時に誘拐に遭った子が、成人となった後に自らの出自を知り、実の親を探すため奔走するケースや、さらには実の親を探し当てた後に、育ての親との板挟みに苦しむケースなど、不幸の連鎖となるような事例も後を絶ちません。
頻発する誘拐事件の背景には、昨年まで30年以上に渡り実施された一人っ子政策など、様々な事情があり、解決は容易でないと言わざるを得ません。

中国では、誘拐を恐れるため、小学校卒業までは、登下校の際に保護者やお手伝いさんなどが付き添うことが一般的(当然?)です。
東京では、一人で電車通学する小学生の姿が見られますが、中国では考えられない光景です。
北京の街中には至るところに監視カメラがあり、その気になれば画像を追って捜索することも不可能ではないと思うのですが、恐らく「人が多過ぎ、事件も多過ぎ」で手が回らないのでしょう。不幸にして誘拐に遭った場合、その後の捜索は困難を極めてしまうのが現状です。
捜査態勢の強化など抑止力の向上も重要ですが、誘拐を許さないという方向への社会の変化が、解決には不可欠と思えます。

多発する誘拐事件から、中国社会の抱える問題が垣間見え、また日本の安全の有難さを痛感させられることとなりました。

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コラム執筆:長野雅彦 マネックス証券株式会社 北京駐在員事務所長

マネックス証券入社後、引受審査、コンプライアンスなどを担当。2012年9月より北京駐在員事務所勤務。日本証券アナリスト協会検定会員 米国CFA協会認定証券アナリスト

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