広木隆のマーケット・スナップショット

広木隆のマーケットに対するショートコメントをお届けします。

広木 隆が投資戦略の考え方となる礎を執筆しているコラム広木隆の「新潮流」はこちらでお読みいただけます。

広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

この円高にまともな理由はない

先週のマーケット・スナップショットのタイトルは、「日米株価のスピード競争」だった。その時点では日経平均は取引時間中に2万4000円をつけたけど、終値では維持できなかった。ところが今週、あっさりと2万4000円の大台乗せを達成した。しかも、その日は300円超の上昇というオマケ付きで。1991年11月以来の水準である。ところが翌日には、これもまたあっさりとその大台を割り込んだ。2万4000円を意識して下げ渋る場面もあったが、ドル円相場が110円の大台を割ってしまっては、株価も売り圧力に抗しきれなかった。その後はさらにドルの弱い材料が出た。ダボスでのムニューシン米財務長官のドル安容認発言を受けてドル円は一時109円割れ。昨日の日経平均は大幅続落となった。

僕は「今週のマーケット展望」で日銀金融政策決定会合後に開かれる黒田総裁の記者会見に注目と述べた。<黒田総裁がどう答えるかが焦点だが、金融緩和縮小を言下に否定すると思われ、そうなれば円高圧力が和らぐだろう>と予想した。予想通りだった。黒田総裁は、市場の早期緩和縮小観測をはっきりと否定した。メディアの表現を借りれば、「火消し」に徹した。それを受けて円高圧力も後退したが、その賞味期限はわずか2時間。ロンドン時間に入ると一段と円高が進む結果となった。

これはどういうことなのだろう。巷にあふれる解説は、それだけ市場の緩和縮小観測が根強い、というものだ。その後進んだ円高の解説は、米国の保護貿易主義でドル安誘導懸念という説もあった。

僕の理解は異なる。為替のマーケットは、単に投機的な参加者にあふれている、ということだ。どちらも「通貨」であるだけに、ビットコインの相場に似たところがある。株式や不動産のように資産価値を評価して値付けが成されるマーケットではなく、そもそも通貨と通貨の交換の場であるだけに、相手にババを引かせることが端から市場参加者の目的なのである。

僕は何回も「ドル円相場だけが間違っている」というタイトルでレポートやブログを書いてきたけれど、本当にそう思う。これも引用済みだが、再度、紹介しよう。テクニカル分析で有名なグランビルは、「ニュースは重要ではない。市場がニュースにどう反応するかが重要なのだ」と述べている。グランビルの言葉を紹介した「宴の後」というストラテジーレポートでは、小幡績・慶應義塾大学准教授の「仮説」も紹介した。小幡先生はある時のFOMCの決定を受けて市場が円高で反応したことについて「驚きだ」として、市場というのは、なぜ事実をあえて曲げて解釈するのか、と問いかけ、2つの仮説を挙げた。

仮説1 都合が良いから。

市場が乱高下したほうが取引チャンスが増えて都合が良い

仮説2 あほだから。

(出所:小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記)

まったく世の中には頭の良いひとがいるものだ。僕は常々先生の見識に敬服している。

為替市場のひとが好きな理論に、金利差で為替レートを説明するというものがある。僕は、高金利の通貨が買われるということ自体、理解できないが、ともかく、そういうことになっているらしい。それがゲームのルールなら従うまでか。ケインズの美人投票みたいなものである。ちなみに、ある通貨ペアで高金利の通貨が高くなるなら為替レートは均衡しない。金利ももらえて通貨の値上がり益も獲れる。ところが、そんなおいしいフリーランチはないから、理論的には金利差の分だけ高金利の通貨は減価する。これが金利パリティの理論である。

まあ、そんなこと言ったって始まらないので、金利が高いほうの通貨が買われるということにしておこう。実際に日米の金利差はドル円相場の動きをよく説明しているように見える。以前は金融政策を反映する2年債利回り格差のフィットがよかったが、最近は10年債利回り格差がよく使われる(グラフ1)。

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名目金利ではなく実質の金利差が重要だというひともいる。僕には理解できないが。なぜなら受け取った金利を相手国で生活したりして使うというなら確かに実質金利が重要だが、資金益狙いの場合は名目の金利が重要である。為替レートがインフレ格差をすぐに反映するなら(例えばジンバブエのようなケース)もちろん実質が重要だが、たいていの場合、購買力平価は長期の均衡値であり、名目の金利差だけでじゅうぶんである。ところが市場は不思議なもので実質金利差のほうがうまく実際の為替レートを説明しているように見える。グラフ2はそれぞれのブレークイーブンを期待インフレ率の代理指標として用いた10年債実質金利差とドル円相場の動きを表したものである。

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もっと不思議なのは名目でも実質でも金利差は拡大し、ドル高を示唆しているのに、実際はその正反対に動いていることである。

為替レートを説明する要素というのは、実際には多くなく、その数少ない「理由」の一つである金利差は、今回まったく無視されている。無視されているどころか、正反対に動いている。これがこの円高にはまともな理由がないという意味である。

いやいや、そうでない、市場は「将来の日銀の緩和縮小⇒円金利の上昇」を織り込んでいるのだ、という声があるかもしれない。ではお尋ねしたいが、その場合、円金利はどの程度上昇するか?イールドカーブ・コントロールで抑えている長期金利の水準を、せいぜい10bps程度上方修正するくらいであろう。その10bpsを上のグラフに当てはめてみればよい。まったく説明のつかない水準である。

ムニューシンがドル安だと言えばドル安になり、トランプが強いドルがいいと言えばドル高になる。滑稽であるのを通り越して、愚かだと思う。

所詮、ビットコインの相場と同じで、「買うから上がる、上がるから買う」の域を出ない。為替市場が少しでもまともなら、この日米金利差を無視できないだろう。重要なのは、米国の長期金利が本格的に上昇し始めているという点と、日本のインフレ期待がじわりと高まっている(実質金利を引き下げる)点である。このファンダメンタルズを考慮しない為替の動きは、ただのマネーゲームである。

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チーフ・ストラテジスト広木 隆の<今週の相場展望>とコラム「新潮流」とチーフ・アナリスト大槻 奈那が金融市場でのさまざまな出来事を女性目線で発信する「アナリスト夜話」などを毎週原則月曜日に配信します。メールマガジンのご登録はこちらから

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