チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。
金融政策の行方とマイナス金利影響の定点観測
今週6月15-16日の日銀金融政策決定会合を控え、不安定感を増す為替、株式市場から、追加緩和への期待が徐々に高まっている。
しかし我々は、以下の要因から今回大きな緩和措置が取られる可能性は低いと考えている。特に、マイナス金利幅拡大については、金融システムへの影響から極めて懐疑的である。仮に何か追加緩和策がとられるとすれば、緩和余地のある手段、即ち、ETF購入枠の拡大、市中銀行へのマイナス金利での資金供給、さまざまな購入資産の条件緩和等が考えうるが、たとえ取られたとしても、これらの中長期的効果には疑問が残る。
以下で、マイナス金利導入から2か月の金融市場への影響度を検証しつつ、主な政策手段の拡大余地とその課題を検討したい。
1. 更なる金利引き下げ:今回の可能性は極めて低い
- マイナス金利は企業の借入意欲を刺激していない。調達の安定化には貢献するも、これ以上の低金利は期待されていない
マイナス金利は、企業の借入意欲を刺激するには至っていない。図表1にある通り、貸出の増加率は第二地銀や信金ではやや拡大しているが、都市銀行や地銀ではむしろスローダウンしている。中でも、中小企業向け貸出は、金融庁が事業性評価貸出等を推進しているにも関わらず、勢いが弱まっており、代わりに、やや行き過ぎと言われ始めた不動産や個人向けの各種貸出が伸びを支えている(図表2)。
今期についても、大手銀行各行へのヒアリングの範囲では、中小企業への貸出意欲は低下している印象である。貸出以外のルートで直接資金を供給しない限り、日銀がより多額の国債を金融機関から吸い上げても、それだけで、銀行経由での市中マネーを押し上げるのは難しいだろう。
なお、仮に、更なる利下げが、日銀から銀行に対するマイナス金利による資金供給とセットで行われたとしても、後述の通り、効果は薄いと予想される。
一方、マイナス金利が、企業の調達改善に貢献し始めた面もある。企業の調達の長期化・安定化である。マイナス金利実施の2月16日から6月10日までの4か月弱で、社債市場では、期間20年以上の超長期債が2,820億円発行された(図表3、保険、銀行とその持株会社を除く)。これは、過去の同時期をはるかに上回り、2015年1年間の総発行額の7割に相当する。
超長期債の巨額発行は何を意味するか。もちろん、今の金利水準が低くて魅力的だということではあるが、もし企業が、金利が更に下がると考え、かつそれが経営上重要ならば、社債発行を遅らせて一段の利下げを待つだろう。逆に現段階でこれだけ多額の超長期債が発行されるということは、企業はもはや金利が下限に近く、かつ、この水準で経営上ある程度満足しているということであろう。
- 市場金利動向:自然体で低下傾向
5月末に日銀が発表した6月の長期債買い入れ予定額の圧縮で、一瞬債券市場が動揺する場面も見られたものの、基本的に金融機関や債券投資家の国債への投資需要は極めて強い。
これにより、先週末に残存15年の国債利回りまでマイナス圏に突入するなど金利低下に歯止めがかからない(図表4)。背景には追加緩和期待があると思われるが、仮に、追加緩和がなくても金利は低下傾向が続くとみられる。
6月は国債の大量償還月で、6月20日には約20兆円の国債の償還が訪れ(短期を含む)、再投資需要が極めて強いと予想される。また、物価上昇期待は低下しており、国債利回りとの順相関からは金利は低下しやすく、更に、当面のBREXITリスク等海外市場への不安からの円債買い圧力も追い打ちをかけるだろう。これらの点から、金利については、政策金利の如何にかかわらず当面、自然体で低下傾向をたどるだろう。
2. 量的目標の拡大:技術的に限界近く、可能性は低い
現在の「年間80兆円の資産購入」については、今回拡大の可能性は低いと考える。銀行の国債保有残高は、16/4月に13年ぶりに10%を割り込み(図表5)、他に投資先も少ない中、これ以上の売却余地は殆ど残っていない。しかも、資産購入拡大を単独で行っても効果は薄いと思われる。
- マネーストックは貸出増加の鈍さに制約されている
現在マネーストック(世の中に出回るお金の総量)は、徐々に増加しているが、そのペースは、ベースマネー(日銀が供給しているお金の量。日本銀行券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金残高)の拡大に対し、極めて緩慢である(図表6)。銀行などによる信用創造の力が弱いことが主な原因である(図表7)。しかし、前述の通り銀行には貸出増加を加速させる動きはあまりみられない。
- 日銀国債オペの現状:国債オペでも札割れ懸念
日銀の国債オペの入札は、何とか順調に消化されている。
新発国債の需要自体も引き続き強く、需要の強さを示す入札倍率や、需要が弱いと拡大する国債入札の「テール」(*)も落ち着いている(図表8、9)。6月8日に、三菱UFJフィナンシャル・グループは、銀行ではプライマリー・ディーラーの資格を返上すると報道されたが、傘下の三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、翌6月9日の5年債入札で発行予定額2兆4,000億円の半額に相当する1兆2,000億円を落札した。報道によれば、年明け以降の同社の落札額は4,000億円程度とのことで今回はこれを大幅に上回った。
(*)平均落札価格と最低落札価格の差を示す。入札者となる金融機関は、一定量の国債を落札する必要があるため広めのレンジで入札しておくが、人気がない入札では、思わぬ安値で落札できてしまい、この「テール」が拡大する。このため、入札の人気を示す指標として注目される。
しかし、銀行の国債売却余地も低下し、金利も下落し続ける中、年内にも国債オペに札割れが生じかねないとの懸念が高まりつつある。今後のオペの運用については慎重にならざるを得ないだろう。
3. マイナス金利での資金供給:他の手段よりは可能性があるが、企業の借入モチベーションへの効果は薄く、銀行の恩恵も極小
日銀から市中銀行へのマイナス金利での資金供給については、相対的には可能性は高めだが、以下の点から効果は薄い。
ECBのように、貸出増加率に応じた金額をマイナスで供給するとなったら、銀行は貸出を増加させようとするし、日銀からの利息が受け取れるという恩恵はある。しかし、現在の貸出増加ペースは銀行全体で年間10兆円程度であるため、仮にその2倍の金額までを-10bp(100bp=1%)で供給されたとしても、銀行が得られる利息収入は年200億円(20兆円x0.1%)に過ぎない。逆に、銀行間の貸出拡大競争が一層激化することになり、結局460兆円の貸出全体の利鞘を圧迫することになる。平均利鞘が1bp圧迫されただけでも460億円のマイナスとなり、恩恵を相殺してしまう。
また、企業にとっても、金利を引き下げだけでは借入を増やすインセンティブには殆どならないだろう。企業の利払い負担額は、いまや経常利益に対し6.8%にしかすぎず、金利低下の利益貢献はごく限定的である(図表10)。
中堅・中小企業では、大企業よりは金利負担が大きいが、それでも、16/3期で8.5%と過去最低となっている。そもそも中小企業の支払金利が大企業より高めなのは、Tiborなどの貸出基準金利のせいではなく、クレジット(信用力)のスプレッドが高いためである。クレジット・スプレッドはあくまで企業の信用力に連動するものであり、低金利だからといって縮小すべきものではない。銀行がまともな金利設定を行えば、金利面では中小企業にはそれほど大きな恩恵はないはずだ。
4. ETF/JREIT購入:市場規模は大きく、まだ拡大余地。但し、極めて非伝統的手段であり、将来の出口を難しくする
日銀が購入額を積み上げている割には、世界的にみて日本の株式市場もREIT市場も、パフォーマンスが高いわけではない(図表11,12)。市場全体に占める日銀の保有比率も、既に3割を保有する国債市場等に比べればごく少額で、国債市場、社債市場ほどには日銀マネーが市場を席巻しているわけではなく、市場の流動性も高い。このため、既存の手法の中では、相対的に追加緩和のための技術的な余裕があると思われる。
なお、ETFについては、既存の年間3兆円の買入枠に加え、「設備・人材投資に積極的な企業の株式」を対象としたETFを年間3,000億円買い入れる枠を16/4月にスタートしたが(15/12月決定)、これは、銀行から過去に購入した株式の売却を開始する見返りであり、純増ではない。
まとめ
以上のことから、既存の枠組みの中での追加金融緩和の道筋は相当狭く、険しくなっている。上記の通り、ETF購入拡大、マイナス金利での資金供給、購入資産の条件緩和などの可能性は残るが、いずれも実効性には疑問符がつく。仮に追加緩和のヘッドラインで株価の押し上げがあったとしても、経済対策や規制緩和など政策面からの支援材料が見えてこない限り、一時的なものにしかならないだろう。
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