チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。
長期金利上昇と金融機関の利益の関係:「事実」と「誤解」
主要国の金融政策が注目を集める中、世界的に長期金利が上昇している(図表1)。日本でも9月20-21日の金融政策決定会合と総括的検証を前に、イールドカーブのスティープ化、すなわち、長期金利を日銀の買入額縮小等で引き上げ、長短の金利差を拡大するのでは、との報道が出ており、市場にはこれを先取りする動きが出ている(図表2)。
これらの憶測で、日本の金融業界全体の株価が上昇傾向にある。確かに、金融機関にとって、金利は下がるよりは上昇する方がよい。特に、正常な市場であれば、長期金利は将来の経済成長を示すため、景気敏感株と長期金利は正の相関があってしかるべきだ。しかし現在の債券市場は多分に需給に支配されており、経済成長を素直に表したものではない。実際には、長期金利上昇自体が金融機関の利益に与える影響は、業態によってまちまちである(図表3)。
特に銀行については、後述するように、長期金利上昇時の収益メリットは近年薄れている。これに伴い、長期金利と銀行株の相関も近年途切れていた(図表4、図表5)。固定金利貸出の税引前利益への影響は、長期金利0.2%上昇につき毎年せいぜい+1~3%程度と推定される(3年程度で固定金利貸出がロールオーバーされると仮定した場合)。国債投資収益への影響は、今後の投資方針次第であるが、下記の通り、規制が強化されているため安易に長期投資を増やすことは難しい。従って、今後さらに長期金利が上昇したとしても、銀行の株価が長期金利に連動するのは行き過ぎである。
なぜ過去みられたほどの恩恵がないのか。銀行の収益に与える長期金利上昇の影響と今後の見通しを整理する。
長期金利上昇/イールドカーブのスティープ化の銀行利益への影響度鈍化の背景
1)資産と負債の期間ミスマッチへの規制
金融機関の儲けの源泉の一つが、低い短期金利で調達し、高い長期金利で運用するという長短の金利格差(ミスマッチ)を利用することである。これが、長期金利上昇および、イールドカーブのスティープ化が金融業界の収益にプラスとされる最大の根拠である。
しかし銀行は、2007年に導入された規制で、運用と調達の期間ミスマッチのリスクの量が制限されるようになった(図表6)(原則として、金利が2%変動した時に生じる資産と負債の価格の変動を銀行の資本の20%以下に抑制することなどが求められている)。
更に今年4月、BISにより、金利リスクに対する規制が若干強化された。IRRBB (Interest Rate of Risk in Banking Book)規制と呼ばれ、金利リスクの計算方法が高度化される予定である。このため、長短のミスマッチを生かした収益拡大は今後益々難しくなると思われる。
2)短期市場金利連動貸出の増加
1990年代から、企業向け貸出に短期市場連動型金利が適用されるようになった。これ以降、銀行が独自に決める「プライムレート」をベースとした貸出が、徐々にTibor、Liborなどの短期市場金利連動の貸出に改められていった。今では、大手行で貸出の5割、地域銀行で2割強が短期の市場金利に連動している(図表7)。
固定金利の貸出は、固定物の住宅ローンやプロジェクト・ファイナンス等が代表的だが、競争が激しい現状では値引き幅が大きく、貸出金利は必ずしも長期金利にリンクして上下動しているわけではない。しかも、短期プライムレート連動の貸出と違って、一度貸出を行った既存の固定のローン金利が長プラの変動に応じて上昇するわけでもない。
このため、長期金利だけが上昇しても、大手行で2割、地銀で3割の固定金利貸出等が借り換えられる時まで待たなければ利益へのプラス効果は出ない。仮に、長期金利が0.2%上昇し、固定金利等の貸出が毎年3割ずつ高い金利に置き換わったとしても、利益へのプラス影響は大手行で年間0.6%、地銀で2.7%と、マイナス金利深掘り影響(翌年直ぐに、5%、20%の減益)に比べて大幅に小さい(図表8)。
3)国債の保有の減少
銀行の最大の長期投資は国債であるが、国債の保有残高は2012年3月末をピークに下落に転じている(図表9)。
16/3月末時点で、残存期間5年を超える国債残高は保有国債全体の2割弱で、金額にして約10兆円に留まる(3メガ合計、図表10)。この金利が0.2%上昇しても200億円(今期会社予想経常利益約3兆円の0.6%)の増益にすぎない。
マイナス金利導入後、大手行では若干国債のデュレーションを長期化しているが(図表11)、これに伴う金利収益拡大のメリットもまだ限定的である。しかも、今後これを更に長期化できるかというと、先に述べた資産負債の金利ミスマッチに対する規制もあり、更に、来年以降、今はゼロとなっている国債投資のリスクウェイトが見直される可能性が高まっている。このため銀行は、現時点で国債リスクを安易に増やすわけにはいかない。
長期金利の見通しと金融機関の株価
日銀の総括検証後、図表2に示したような施策が取られた場合、長期金利は更に上昇するだろう。しかし、上記で見てきたとおり、それだけでは、収益メリットは限定的である。
更に、長期金利のみが上昇すれば円高が誘発される可能性が高い。為替に対する影響を回避しつつイールドカーブをスティープ化させるには、銀行の収益ダメージの大きいマイナス金利の深掘りが現実味を帯びてくる。
従って、今後、金融政策の手段としてイールドカーブのスティープ化説が強まれば、銀行にとっては、収益のマイナス影響がプラス効果を上回る可能性が高い。更なる長期金利上昇期待は、株価上昇要因と捉えるべきではないだろう。
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