金融テーマ解説

チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。

大槻 奈那 プロフィール

イベントラッシュの欧州:リスクシナリオを検証

● 当面の欧州情勢で注視すべきポイントは、オランダ・フランスの選挙に加え、ギリシャの支援継続条件、イタリア等の金融再建の3点。それぞれのリスク要因を検証する
● いずれも致命的なイベントはないだろう。最大のリスクである仏ルペン氏の大統領選勝利でも、国民投票実施やましてEU離脱には相当なハードルがある
● しかし、EU内の成長格差が大きく各国ともに不満分子が燻る。また、低成長国ほど財政が厳しいため、これらに合わせて一定の金融緩和は維持せざるを得ず、ユーロ安継続は不可避

欧州の直面する3つのリスク

3月の欧州はイベントラッシュである(図表1)。なかでも当面のリスクシナリオは、1)オランダで極右政党党首が首相に→ルペン氏がフランスの大統領に当選、2)ギリシャの金融支援条件が合わず支援が一時中断する、3)欧州の金融問題が再燃する(特にイタリア)、の3点である。いずれも確率的には低いが、もし実現したら市場へのマイナス影響が大きいという「テイルリスク」である。メインシナリオ、最悪のシナリオはそれぞれどのようなものだろうか。

最悪シナリオの分析と実現可能性

オランダ:注目は、自由党の獲得議席数と連立政権の行方

3/15のオランダの下院議会選挙では、ウィルダース氏が率いる極右の自由党が第一党となる可能性が高い。しかしそれでも、150議席のうち、30議席程度しか取れないとみられている。過半数の75議席を取れない限り、ある政党が単独で首相を選出することはできない。

このため第一党になったとしても連立内閣が支持しない限り首相にはなれず、首相にならない限り、国民投票を断行することは難しい。ウィルダース氏の過激な発言(14/3月の地方選挙の投票日の集会で差別的発言を行ったことで、16/12月に有罪判決を下されている)から、ウィルダース氏と連立を組み、首相に据えることに同意する政党はいないとみられている。

図表2に点線で示したとおり、自由党党首ウィルダース氏が首相に選出され国民投票が行われるには必ず何点か、困難を乗り越える必要がある(例えば、自由党の過半数獲得、連立でウィルダースが首相に選らばれるなど)。

ウィルダースが党首に選ばれない場合、EU離脱を問う国民投票の可能性は格段に低下する。ただし、オランダの最高諮問機関である枢密院は、選挙後にユーロ諸国との総合的な関係について議論することを決めた。ウィルダース氏の首相就任の可否には関係なく、ユーロとの関係が何らかの形で見直されるリスクも否定できない。

そもそもオランダの反EU感情は根強い。前回2012年の選挙でも第一党になった自由民主党を率いるルッテ現首相も、EUのギリシャ支援等を非難してきた。EU予算に対する拠出割合はドイツ、英国、フランス、イタリアに次ぐ第5位と大きな負担を強いられてきた。自由党が第一党となり、連立内閣成立まで時間がかかり市場の重石となるというのがメインシナリオである。さらに、4年ごとの下院選挙のたびに同じ問題が再燃する可能性もあるだろう。

フランス:6月の大統領選決選投票後も、9月には上院選挙も。政治リスクは長期に及ぶ

オランダで極右政党が第一党になれば、翌月のフランスの大統領選で極右の国民戦線党首・ルペン氏は勢いを増す。近時、ルペン氏の支持率とフランスの国債利回りスプレッド(ドイツ国債の利回りとの比較。ドイツ対比のフランスへの市場の不安度を示唆)は連動しており(図表3)、フランス国への市場の信頼は、ルペン氏次第となっている。ルペン氏は決選投票では勝てない可能性が高いものの、第一回投票では2位以内に入ると予想されていることから、決戦投票の5/7まで市場は落ち着かないだろう。

もっとも、万一ルペン氏がフランス大統領に選出された場合でも、EU離脱には技術的な課題がある。フランス憲法にはEU加盟が明記されており、これを変えるには憲法自体を変える国民投票が必要となる。

憲法改正には、まず首相が提案し、議会の上下両院が承認する必要があるが、現在、ルペン氏の国民戦線は、上下院それぞれ2議席しかもっていない。6月の議会選でも、国民戦線が第一党になる可能性は低いし、9月の上院選挙でも、現在共和党と社会党が7割以上を抑えており、第一党になる可能性はごく低い。このように、フランスの政治イベントは9月まで続くが、6月の大統領選でルペン氏が敗退すれば、リスクは徐々に沈静化するだろう。

ギリシャ:この一ヶ月がデフォルト回避の可否を決める。ただし、どちらに転んでも、どこかで保護主義が強まる

ギリシャは7月に英国のEU離脱決議後初の多額の国債償還を迎える。金額は90億ユーロで、IMFやECBの支援無しには返済できない。ギリシャは総額860億ユーロの支援計画の下で今年第3・四半期までに新たな融資を必要としているが、協議は昨年末に決裂している。2/20に、「追加の構造改革」を今後協議することでギリシャと債権団の間で合意した。

しかし、財政目標の達成にはほど遠い。16年第4四半期のGDP成長率はマイナス1.2%となり、2016年通期でもマイナス0.1%程度となりそうだ。負債のGDPに対する比率も現在177%と極めて高い。IMFはこのままでは2060年までに275%に上昇するとの見通しを示し、債務の見直しや改革を要求している(図表4)。同時に財政収支も、低成長と税収の伸び悩みで悪化している(図表5)。

このような状態では、たとえ支援を続けてもギリシャは立ち直れないとIMFが考えても不思議ではない。

最終的には、今回ギリシャがデフォルトする可能性は低い。しかし、ギリシャを緩い条件で支援すれば、その他の国々の保護主義を煽り、厳しい条件をつければギリシャ自身の保護主義・EU離脱派を勢いづかせる。ドイツのジョイブレ財務相は「IMFが手を引くようなら、ギリシャのユーロ圏離脱に賛成する」とまで発言している。

ギリシャは、2015年、国民投票で財政再建派が勝ったのに、結局債権団の意向に屈して財政再建を強いられたことに不満を抱いている。当時70%程度と世界最低水準だった徴税率はさらに低下していると報じられている。国民の不満は大きく、今回更なる改革を行いつつデフォルトを回避しても、火種であり続けるだろう。

イタリアの銀行:"出血"は止まったが、まだ政府の財政負担が生じる可能性

16年12月、イタリア最大の銀行ウニクレディトが、人員削減や海外資産売却などの大規模なリストラ案と、130億ユーロの民間増資を発表した。同時期に政府が銀行救済のための200億ユーロの基金を設立すると発表した。

にも関わらず、欧州の金融機関の株価、特にイタリアの銀行の回復は依然鈍い(図表7)。金融システムの浄化にはいくつかの課題が残っているためだ。

まず、イタリア最大の銀行であるウニクレディトについては、2月23日に、12月に計画を発表した130億ユーロの第三者割当増資の引き受けがほぼ100%終了した。しかし、16年10-12月期でウニクレディトは、これを使い果たす136億ユーロの損失を計上したことから、資本比率の改善はごく限定的になるとみられる。次回もしまた資本が不足した場合、さらなる民間増資はより困難なものになるだろう。

次に第三位のモンテパスキだが、12月に銀行支援のための公的基金200億ユーロを設立し、そこから66億ユーロを注入することが決定している。しかし、実はこれはECBが当初言っていた必要資本額88億ユーロよりも22億ユーロも少ない。また、今回は、モンテパスキ債の個人投資家が保有するモンテパスキ債は、政府が満額で買い取り、株式に転換される。結局、個人の債券投資家は、機関投資家とは異なり、政府によって原則保護される形となった。

さらに、計画されていた中堅銀行バンカ・ポポラーレ・ディ・ヴィチェンツァ とベネト・バンカの合併には資本増強が必要と報じられている。仮に公的基金を使うとすると40-50億ユーロが必要とされている。

最後に、それ以外の銀行も不良債権処理が必要となる。現在イタリアの銀行の不良債権に対する引当率は47%と欧州平均程度である。しかし、企業の収益状況や不動産価格の下落を考慮し、16年度第4四半期、ウニクレディトは再建策の一環で不良債権額の77%に当たる引当金を計上し、赤字決算とした。これと同等の引当率をイタリアの他行全行が満たすには、400億ユーロの追加引当金が必要になる。

これらの今後の出費を合計すると、200億ユーロの公的資金枠では不足する可能性が高い。ウニクレディトなど大銀行のデフォルトは考えにくいものの、システム全体として資本の不安を抱えつつ、公的資金の枠を拡大し、少しずつ支援し、残りは時間をかけて各行が期間利益で財務を改善していくことになるだろう。

なお、イタリア以外では、ドイツ銀行が不安要素になっていたが、今月5日に、80億ユーロの増資案を発表、資本比率を2ポイント引き上げ14%とすることを発表した。格付けのアウトルックも、引き下げの可能性のある「ネガティブ」から「安定的」に引き上げられるなど安心感が戻ってきている(Baa2、ムーディーズ)。

まとめ:どのリスクシナリオも実現可能性は低いが、不確実性から欧州への投資は低迷。金融緩和はある程度続く

欧州経済は、昨年から回復基調に転じている。物価もじわじわと上昇し始めている(図表8,9)。ただし、足元で、選挙等さまざまな不透明感から、個人の消費性向が頭打ちになるなど(図表10)、急速な改善には遠い。潜在成長率の格差もなかなか縮まらない(図表11)。

ECBの出口戦略が市場のテーマとなっているが、これらの成長格差を考えると、財政も成長も脆弱な国々が"健康体"になるまで一定の金融緩和を続けざるを得ないだろう。

しかし、政治リスクがくすぶり続ける間は、これらの緩和マネーは、これまで通り、安定成長が期待できる米国に流れ込む可能性が高いだろう(参考図表12:主要株式取引所の時価総額)。当面は、米国株高の一方、ユーロ安でユーロ株の上値が重い状態が続くと予想する。

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