金融テーマ解説

チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。

大槻 奈那 プロフィール

活発化するICO発行の価値と効果

● 昨年のICO(Initial Coin Offering)による資金調達額は4,000億円超。今年も既に300社が計画を発表。1/9には、伝統のある米コダック社のICO発表が市場を沸かせ、株価は2倍超に上昇。

● ICO後の株価上昇を単なるアナウンス効果とする報道もあるが、ICOは企業にリアルな効果をもたらす。上場・非上場を問わず資金調達ができ、発行企業の投資余力等を拡大する一方、既存の株主や債権者の権利を希薄化しない。さらに会計上の収益も一時的に押し上げうる。

●問題は、会計、法制度、規制の不透明性。これらの明確化で発行は活発化へ。発行されるコインの価値には個別性・不透明性が高いものの、発行企業の価値にはプラス効果大。

世界のICO発行額は大幅に増加している

仮想通貨による資金調達ICO (Initial Coin Offering)は、2017年に大幅に増加した。昨年9月の中国等での規制にも関わらず、世界のICOによるコインの累積発行総額は4,000億円を超えた(図表1)。発行体の業界も、金融業界が大きな割合を占めるものの、その他にも、商業・小売、ゲーム業界等多岐にわたる(図表2)。

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今年に入ってもICOは引き続き活発である。1月9日に写真家が使えるコインの発行を発表した米コダック社(KODK )の株価は、一日で2倍近くに上昇した(図表3)。これまでもICOを発表した上場企業の株価は上昇する傾向にあったが、特にこのケースでは、これまでイノベーションから遠いと思われていた企業だけにサプライズが大きかったようだ。

日本でも、マンション建設会社のシノケングループが12月12日にICOによる「シノケンコイン」の発行を発表し、中間決算後低迷していた株価が大きく切り返した。詳細はまだ不明だが、今後同社のIOT(モノのインターネット)事業等でコインが利用できるようになるという(図表4)。

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発行企業にとってICOの効果は大

ICO発表後の株価上昇を、社名変更したことで株価が上昇した「ロング・ブロックチェーン」(旧社名:「ロングアイランド・アイストティー」)等に喩える報道もある。

しかし、ICOは、発行企業に実態的なプラス効果が大きい。株式ではないが、原則的に返済が不要な、れっきとした資金調達である。新たな投資に回せば、企業価値の上昇が見込める。たとえば、日本企業では、11月に100億円超のICOを世界98か国で5,000人近い投資家から資金を集めたQUOINEは、集めた資金を新プラットフォームの開発に充てるとしている。完成すれば同社の収益拡大に資するだろう。

もし通常の株式発行で資金調達を行うと、既存の株主の権利を希薄化するため、株価の下落材料になる。一方、債券発行で調達したら、負債比率が上昇し財務状況を悪化させる上、経営破綻時には、債権者の権利をやはり希薄化する。ところが、ICOだと既存の株主や債権者の権利を阻害することはない。

このようなメリットから、今年もICOは増加が見込まれる。コインレポートによれば、現時点で約300社がICOを発表しており、それだけで2017年の発行額を上回るとみられる。

ICO実施を阻むのは法律上・会計上の取扱いの不透明性

現状発行体にメリットが大きいICOだが、発行企業数はまだ多くはない。この大きな理由は、法的な位置づけや会計上の取扱いが固まっていないことである。

昨年12月8日に一般社団法人日本仮想通貨事業者協会が発表した資料によれば、ICOで発行されたコインの法的な位置づけは、以下の3つのいずれかとなる。

1)仮想通貨(根拠法:資金決済業法)
2)投信的な集団投資スキーム(金商法)
3)プリペイドカードのような前払金(資金決済法)

米国とは異なり、これらのいずれの場合でも、「有価証券」とはみなされない。このため、どのタイプに位置づけられようとも、発行の手間は株式や債券発行に比べて簡素である。

ただ問題は、この3区分のどれとみなされるかは、発行目的や発行方法によって個別に決まり、現時点では、それぞれの定義が若干あいまいな点である。しかも、それぞれ、発行時の届け出方法、分配金の可否(2)では可能)、準備金計上義務の有無(3)で計上義務)などが大きく異なる。

また会計上の取扱いも確定していない。今のところ、コインの発行は、一種の「商品の販売」として、「売上」に当たるという見解が一般的になっている。その場合、ICO実施は、発行企業の売上と利益を嵩上げする。半面、経費を差し引いた金額に対して法人税(実効税率30%弱)が課される可能性がある。さらに、売上として消費税も課されるかどうかも不明である。

これらの点がもう少し明確にならないと大企業等はICOに参画しにくいだろう。しかし、いずれにしても、企業が株式でも債券でもない資金を多くの投資家から集められるというメリットには変わりがない。また、こうしたコインにトライすることにより、テクノロジーのリテラシーを高められるという副産物もある。このため、投資家が存在し、規制で阻まれない限り、発行企業は増加するとみられる。

発行されるコインの評価

では、投資家としてはICOの価値をどのように評価すればいいだろうか。
価値の評価上最も重要なポイントは、ICOの目的である。調達の目的が明確で、かつ説得力のある具体的なものでない限り投資すべきではない。

資金使途が明示されている場合の価値評価は以下のような考え方になろう。まず、コインとして何らかの用途に利用できるものであれば、その価格は、利用価値によって決まると考えられる。たとえば、将来の家賃や公共料金の支払い等に使えるコインなら、その予想利用総額がコインの本源的価値であると考えられる。

また、投資資金の調達のために発行されるのであれば、その投資リターンからコインの市場価値が計算できるだろう。たとえば、市場が求める投資利回りが8%程度の場合、年10億円の価値を生む設備投資のためのICOであれば、発行されたコインの価値の総額は125億円と計算される(10億円÷8%)。リスクが高い投資になればなるほど、市場が求める投資利回りは高くなり、コインの価値は低下する。

ただし、前提条件次第で算定価値は大いにブレるので、現時点で精緻な分析は難しい。

リスクと将来性

将来的には、中国以外にもICOを禁止する国が出てくる可能性は十分ある。米国SECも、12月にICOの不正を摘発するなど、規制を強化している。しかし、日本については、取扱いの明確化の議論はあるものの、現時点では、発行を制限する動きはみられない。また、仮に将来的に規制が強化されたとしても、規制導入時点で既に発行済みの企業にマイナス影響が生じることは考えにくい。

ICOで発行されるコインの価値についてはまだ判断が難しい。一方、発行企業にとってのICOは、さまざまな不透明感はあるものの、企業価値や株価を押し上げる効果が見込まれる。紆余曲折は見込まれるものの、発行は今後も続くだろう。

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