チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。
日銀・異次元緩和から5年の金融政策の振り返りとその効果
● 4月27日に日銀の政策決定会合が終了、19年度頃とされていた2%の物価目標達成時期の目途が削除された。5年前に黒田総裁就任時に「2年程度で2%」との目標が設定されて以来初めて。
● この5年間、金利は低位安定、為替は15%の円安、株価は81%上昇、貸出も大幅回復と、経済は軌道に乗った。一方、インフレ率の伸びは足元で鈍化しており、2%には遥かに及ばない。
● 弊社のアンケートでも、個人は投資には強気になっているものの、依然貯金選好が強くインフレ期待も弱い。将来不安が根底にあるためであり、これ以上の緩和効果は限定的だろう。それでも、政府の財政健全化策の負の影響を食い止めるべく、緩和政策を粛々と続けることになるだろう。
日銀が2%目標達成の目途を削除:黒田体制の5年間、インフレ率の上昇幅はわずか
日銀・黒田総裁が、2013年4月に「2年程度で、物価上昇率2%、マネタリーベース2倍」といういわゆる異次元緩和を掲げてから5年が経過した。その間マネタリーベースは3.3倍に拡大し、順調に目途を達成した。一方物価上昇率は、昨年初来、じわじわと上昇しているものの、依然1%にも届かず、かつ足元ではやや弱含んでいる(図表1)。
先週4/27日に終了した日銀の政策決定会合では、19年度頃とされていた2%の物価上昇目標達成の目途は、とうとう取り下げられた。ある意味現実路線に転換したともいえる。
以下で、この5年間で、日銀の政策効果はどこまで進展したのか、企業と個人それぞれについて改めて整理し、今後の金利動向を予想する。
金融政策の進捗:企業の資金繰り、個人の投資意欲には相応の効果がみられるが...
日銀の超緩和的な金融政策は、企業や個人の経済活動にどのような影響を与えてきたのか。
この5年間、金利は低位安定が続き、その結果、ドル円為替レートは15%の円安となり、日経平均株価は81%上昇と市場は大きく回復した。企業の景況感や雇用環境も大幅に回復している。
これらを支えてきたものの一つが、銀行の低利の貸出の拡大である。貸出残高の伸びは、明らかに異次元緩和後に顕著になっている(図表2)。特に、16年2月のマイナス金利導入後は増加ペースが上がっており、先行してマイナス金利を導入していたユーロ圏に比べても貸出の拡大ペースは早い(図表3)。
しかし、これらの貸出が法人の投資等を促しているとは言えない。法人が保有する現預金は過去最高レベルに達している(図表4,5)。リーマンショックのトラウマが冷めやらず、なかなか設備投資に積極的になれないという側面と、低金利で良い投融資先が見つからないといった点が関係していると思われる。
個人については、異次元緩和後、ゆるやかながら、投資意欲は盛り上がっている。マネックスが日銀のマイナス金利導入後の政策決定会合前に継続的に行っている個人投資家アンケート(*)では、「マイナス金利導入後に投資意欲が高まった」とする回答の割合が徐々に増えている(図表6)。
(*)直近は、2018/4/20~2018/4/23に実施。回答数540名。
一方、インフレ期待については、まだ日銀を評価する声は弱い。今年の年初までは日銀の政策のインフレに対する効果を評価する声が増加しつつあったが、このところ腰折れ気味である(図表7)。
また、家計の消費態度にも、緩和の効果はみられない。足元では、「1年前に比べて家計を緩めている」という回答が、「引き締めている」という回答を大幅に下回り、この1年で最低となった(図表8)。
更に、貯蓄と消費・投資に対する選好度を聞いたところ、「貯金より買い物や投資をすべき」という積極派の割合は、17/12月をピークに低下している(図表9)。
今後の動向:日銀では企業や個人のセンチメントを変えられない。それでも緩和継続しか道はない
日銀の異次元緩和は、株価引き上げには一定の成果を上げた。しかし、消費性向や投資意欲、インフレ期待等にはあまり効果を上げていない。
前述の「投資・消費より貯金」を選んだ個人投資家にその理由を聞いたところ、いわゆる将来不安が圧倒的多数を占めた(図表10)。また、「モノの値段が上がるので貯金しておきたい」という回答も意外と多く、インフレが、消費の促進に対して逆効果になっていることが伺える。
こうした心理状態の根底にあるのは今後の給料や年金、ひいては日本の財政問題などへの懸念であり、これらに対して日銀の施策は殆ど無力である。
政府としては、いずれは消費税の再増税や社会保障等の歳出の切り詰めなど、財政健全化への取り組みを強化せざるをえない。日銀としては、たとえ自力ではこれ以上のインフレ期待醸成はできないとしても、そうした国民生活への"痛み"を緩和するためにも、金融緩和の手を緩めるわけにはいかないだろう。
従って、当面、若干の政策の微調整(例えば長期金利の目安の調整)はあるとしても、基本的には現在の超緩和体制を崩すことはありえない。北朝鮮等の地政学リスクが後退する中、利上げを続ける米国との対比から、当面ドル円レートは現在の円安傾向が続くと考えられよう。
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