チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。
「日経平均3万円への道」アップデート:リスクはどこまで顕在化するか
●3月に日経平均3万円達成に向けてのリスク要因を整理した。その時点では、円高などによるセンチメントの悪化が懸念されたが、足元では世界経済には不確実性が高まっている。
●現在市場で懸念されているのは、米中貿易摩擦と新興国リスク。しかし、国の基礎的な力が改善していることから、これらが市場にショックを招くシナリオは考えにくい。
●国内では、企業のIT活用による効率化等で利益拡大が続く。物価上昇率の失速が株価の重石になっている。しかし、むしろ金融政策維持で円安になれば企業収益や株価にプラス。株価は今期後半には持ち直しに転じるだろう。
現在、日経平均3万円達成の時期を「2019年度中」と予想している。年初に、1年程度達成時期を延期したが、これは主に、これまでのトレンドと異なる円高の動きや、市場センチメントの悪化などが見られたためだ。
しかしそれ以降、海外経済にはさらなる懸念材料が出てきた。米中の貿易摩擦による中国経済の失速、新興国の通貨下落などである。これらを受けて、市場のセンチメントの回復に時間がかかっている。
半面、海外の懸念材料は、以下の通り、本格的な市場のショックを招くとも考えにくい。今年度後半にはこれらの要因が落ち着く可能性が高いと考え、3万円達成の時期は「2019年度中」に据え置く。
1)米中貿易摩擦による中国経済失速
中国上海総合指数は、年初から約2割下落している(図表1)。最大の背景は、米中貿易摩擦である。追加関税は7/6から段階的に発動される予定で、両国の綱引きが続いている。
しかし、現時点の米中の追加関税提示条件を見る限り、双方の景気を減速させるとしても、世界的なショックに繋がることはなさそうだ。まず、中国が提示している対米追加関税は、米国のGDPに殆ど影響を与えないだろう。一方、米国の追加関税の、中国のGDPに対する影響度はもう少し大きいが、それでも0.1~0.3%程度という見方が一般的である。中国政府の今年の成長見通しの6.5%に比べるとやはり小さいし、金額にして1.5~4.5兆円程度に留まる。
一方、中国では、内需の減速という懸念材料も台頭してきた。6/14に発表された5月の小売総額は、引き続き前年から+8.5%増加したものの、市場予想からは大きく下振れた。接待規制が再度厳しくなったことで飲食店の売り上げなどが減速している。
しかし、ネット販売や不動産投資など、局所的にはまだまだ活況が続く。ネット通販売上高は前年比30%台の拡大が続いている。住宅価格は、主要70都市中61都市で4月から5月にかけて上昇しており、大都市以外の、二線、三線都市を中心に伸びが加速している。住宅の資産効果で、個人消費の消費は底堅い。また、7/5から銀行の預金準備率が引き下げられることで、市中に約12兆円が放出され、内需を活発化するとみられる。
2)新興国リスク
新興国の状況はもう少し深刻である。トルコやアルゼンチンなど、一部の新興国通貨の年初来下落率は、2割を超える(図表2-1, 2-2)。ブラジル、トルコ、インドなどの大国では過去に比べれば、経常収支や外貨準備はマシになっている。このように、国の基礎的な力が改善していることから、今のところ市場の動揺はさほど大きくない。しかし、過去の通貨危機のトラウマがあるだけに、いよいよ危ないとなれれば投資家は一斉に新興国売りに転じるだろう。
新興国の海外債務は過去最高に達しており、リーマンショック以降3倍弱に膨れている(図表3-1,3-2)。これらの資金が流出し始めたら、新興国では一気に国内金利が上昇し、政府、民間ともに資金繰りが悪化するだろう。
ただ、今のところこうした新興国売りのトリガーとなるようなイベントは想定できない。米国の金利引き上げは極めて緩やかで、しかも、発表前から様々な形で市場と対話を図り、事前に消化させている。来年からは米国の利上げペースも鈍化するとみられることから、新興国が市場にショックを引き起こす可能性は今のところ高くないだろう。
当面の見通しと「日経平均3万円」達成への道のり:
大きなショックなく日本のインフレ率低下で、円は低位安定へ
一方、国内では、金融緩和の長期化が確実になってきた。2月以降、物価の上昇がスローダウンしている(図表4)。6/14-15の日銀の政策決定会合でも、現在の物価上昇率は「ゼロ%台後半」に下方修正された。
低インフレに陥った理由について、日銀の黒田総裁は、デフレ・マインドが残っていることが主因としている。これが正しいとすれば、心理面に働きかけるようなニュースが必要だが、なかなか足元では見あたらない。既に雇用も高止まりしており、賃上げも一服した。ボーナスが増加しても一時収入であるため、さほど物価の上昇には効かない。メルカリなどのフリマや様々な物品のシェアリングがにぎわう。しかも、株価は不安定で、不動産価格上昇の加速も考えにくいため、個人消費への資産効果は期待しにくい。
しかし、金融政策の正常化が遠のくことで、為替が円安に向かいやすいことは朗報である。国内外の景気は拡大しており、デジタライゼーションによる効率化で経費率も低下する。借入コストも一層低下するとみられる。このため、企業収益は期初時点で今期も増益が見込まれている(図表5)。金融緩和継続が確実な中、円安に振れれば増益幅はさらに拡大するだろう。
現在、海外経済の不透明感や、国内の物価の失速が一時的な株価の重石になっているが、米中の貿易摩擦は、米国の中間選挙までには落としどころが見えるだろう。また、米国の利上げは来期から減速するとみられ、新興国への影響も消化されるだろう。これらの点から、株価は今期後半には持ち直しに転じると予想する。
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