チーフ・ストラテジスト広木隆によるグローバル・マクロ解説をお届けします。
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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
8月の労働市場は「ホット」な月に
DeepMacroの予測では8月の雇用統計は良好な結果が見込まれている。雇用者数の伸びは市場予想を上回り、賃金上昇も加速するとの予想である。雇用者数については、確かにその通りだろうと思う。しかし、賃金上昇が加速するかどうかは疑問である。昨日発表された7月の米コア個人消費支出(PCE)価格指数は前年比で1.4%と、前月の1.5%から伸びが鈍化した。それでも一部にインフレ期待を維持する論調がある。例えば昨日の日経新聞は<侮れぬ米「低インフレ」 物価基調示す指数急上昇 利上げ観測で円安進行も>という記事を掲載した。日経新聞がいう「物価基調示す指数」とはアトランタ連銀が公表する「粘着価格指数」だ。
<頻繁に価格が変わる品目を極力除いているため、物価の基調を示すとされる。7月の前月と比べた上昇率は年率2.7%。3月にマイナス0.3%まで落ち込んだが、その後は急激に上向いている。>(8/31付日経新聞「ポジション」)日経新聞に掲載されたグラフを見れば、確かに「急上昇」している。
しかしこれは1カ月の指数変化を年率換算したものだから、当然、振れが激しくなる。やはり、「基調」を見るなら12カ月(すなわち前年比)を見るべきだろう。期間を長くとって1カ月の年率換算(紫)と12カ月(緑)を比較すれば、トレンドを示す12カ月のまわりで1カ月の年率換算がノイズ的な振る舞いをしていることがわかる。
12カ月のコア粘着価格指数の最近の動きにフォーカスをあてると、確かに下げ止まりはしたものの、上昇が加速しているとは言えない。それまで4カ月連続で下げてきた6月の2.13%から2.15%に小幅に(小数点2桁レベル)上向いた程度である。
それであればいまから1年前のほうがはるかに状況は良かった。昨年8月のコア粘着価格指数は直近ピークの2.7%まで上昇した。その時の1カ月の年率換算は3.6%である。これを受けて当時でもメディアの一部が「米国のインフレは水面下で上昇」とはやしたものである。ところがそれから1年たった今、まったくインフレが加速していない。
僕は米国のインフレについて慎重なスタンスであるが、そのことはFEDの12月利上げの可能性を排除するものではない。FEDWatchの年内利上げ確率は日に日に低下し、いまや30%程度にまで落ちたが、僕は12月の利上げはあるだろうと思う。冒頭で7月の米コア個人消費支出(PCE)価格指数の上昇の鈍さに言及したが、個人消費支出自体は伸びている。所得も増加し、GDPも上昇修正された。経済の基調は堅牢である。インフレが高まらないだけであり、これはもう構造問題だから仕方ない。なので、FRB内部でも、インフレが2%にならないから金融政策の正常化をあきらめる、という話ではなくなっている節がある。
FEDに12月の利上げを見送らせる要因は他にある。財政問題がこじれる反動で、10-12月期の米国債の需給は悪化するだろう。いわゆる「悪い金利上昇」が起こる可能性がある。米国債市場の動向が逆に金融政策を左右することになるのではないか。
・8月の民間部門の雇用統計は市場予想の中央値(17万人増)を上回る可能性が高い。
・8月の米サンプル企業の新規求人・採用のデータは非常に強かった。
・賃金の伸びは加速するだろう。
・短期的なドル高が近づいている。
米国雇用統計プレビュー
われわれの主要なデータソースは3万社に及ぶ米国企業の人事ウェブサイトに掲載される求人情報である。企業が求人広告をウェブサイトに掲載した時点でわれわれはそれを新規の「求人」とカウントし、掲載が取り下げされた時点で求人が「埋まった」=「採用」された、と判断している。新たな求人は企業側の労働需要の増加を意味し、雇用の伸びの先行指標となる。また、これら新規求人データの総数は、DeepMacro「グロースファクター」によって計測される景気サイクルの全般的な強さなど他の変数と合わせて分析することで、毎月のNFP数(非農業部門雇用者数)に対する説明力を持つことがわかってきている。
8月の雇用統計は強いだろう。Figure1はサンプルの米企業3万社の人事ウェブサイトから収集した新規求人と新規採用を示す。新規求人、新規採用とも、前年比(Figure1)、前月比で見て7月から伸びが大きく加速している。
さらに、米国のDeepMacroグロースファクターも8月は上昇している。このグロースファクターとは景気サイクルに関する膨大な情報を集約したものであり、民間部門の雇用統計に対して高い説明力を持っている。
米企業の採用活動に関するボトムアップのビッグデータ情報と、広範囲で膨大なデータをもとに算出されたDeepMacroグロースファクターの結果から、われわれは、今月の雇用統計は市場予想中央値の17万人増を上回るだろうと考えている。
セクター別のデータも7月から改善
われわれはまた、労働市場全体の強さを表す重要な要素の一つとして、セクター別の新規求人・採用数の増減にも注目している。8月はセクター別に見ても強い月だった。新規求人・採用が6ヶ月前の水準と比較して増加したセクターの数は、過去3年で最高となった。Figure2は15の主要セクターについて現在と6ヶ月前の新規求人の水準を比較したものである。ほとんどのセクターで上昇しており、過去数カ月を上回る結果となっている。
賃金の伸びは加速するだろう
われわれは、8月の時間当たり平均賃金の伸びは緩やかに加速すると予想している。Figure 3は労働の超過需要と平均時間あたり賃金の変化を示している。ここでは労働の超過需要を新規求人数から新規採用数を差し引いた数と定義している。このギャップは、企業が雇用しようと試みたが雇用できなかった労働者の数をあらわす。平均時間あたり賃金の伸びはこの労働の超過需要の変化を後追いする傾向がある。
労働の超過需要は冬以降減退しており、平均時間あたり賃金も同様である。しかし、8月の労働市場は明確な回復圧力を見せており、したがって、われわれは平均時間あたり賃金の伸びも同様に加速するだろう、と予想している。
短期的なドル高が近づいている
マーケットはイエレン議長がジャクソンホールのシンポジウムで金融政策について言及しなかったことに、あえて注目した。沈黙を、金融引き締めに対して明確な方針が無い、と解釈したのだ。もし8月の雇用統計がわれわれの予想通りの内容となれば、市場は再び米経済の好調な短期的見通しと金利に注目するだろう。ADP雇用統計の発表後に見られた本日(8月30日)のドル上昇はこの見方を支持している。DeepMacroのFX-1 Portfolioのドルのネットポジションはロングであり、雇用統計の発表を前に、われわれはこのポジションを維持する。
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チーフ・ストラテジスト広木 隆の<今週の相場展望>とコラム「新潮流」とチーフ・アナリスト大槻 奈那が金融市場でのさまざまな出来事を女性目線で発信する「アナリスト夜話」などを毎週原則月曜日に配信します。メールマガジンのご登録はこちらから
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