グローバル・マクロ・ウォッチ

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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

2018年1月米国雇用統計プレビュー

3度目の正直

1月31日に発表されたADP雇用レポートによると、民間部門雇用者数は23万4000人増と、18万人強を見込んだ市場予想を大幅に上回った。この先行指標に照らせば、DeepMacro社のNFP予想(22万5000人増)はじゅうぶん納得的だと思われる。

先週の「マーケット・スナップショット」で紹介したグランビルの言葉を再度、引用しよう。「ニュースは重要ではない。市場がニュースにどう反応するかが重要なのだ」。その伝で言えば、NFPがいくらになるか、その予想の当否は重要ではない。市場がNFPのニュースにどう反応するかが重要なのだ。

DeepMacro社のNFPトレーディング戦略は、これまで強い雇用統計を予想する場合、金利(債券)の売り、米ドルの買い、S&P500の売りであった。それに対して僕は、「債券の売り、米ドルの買い、までは教科書通りで問題ないが、S&P500の売りはだめだ」と異を唱えてきた。今の局面は強い景気指標に株式相場は順張りで反応する可能性が高い。そして実際、相場はその通りに動いてきた。

ところが今回、DeepMacro社は、過去2回の反省からだろう、「S&P500の売り」を推奨していない。これは嫌な気がする。強い指標で、「S&P500の売り」となるのは金利上昇が嫌気される場合、じゅうぶんあり得るシナリオだ。確かにこれまでの株式市場は強い景気指標を素直に好感してきたが、最近の相場は金利上昇に対してナーバスになっている。DeepMacro社がS&P500の売り推奨をやめた途端、NFPが強めに出ても、それを受けた金利上昇を嫌って米国株は下げるかもしれない。「3度目の正直」に注意しておきたい。


1月の雇用統計(NFP)は市場予想を上回る見込み‐トレーディング戦略は金利(債券)の売り、米ドルの買い


●1月の民間部門の雇用者数は、市場の予想中央値(コンセンサス)の18.1万人増を再び上回り、22.5万人増となると予測。
●われわれの予測は(または予想中央値も)、強い数字である。ただし、雇用のモメンタム(勢い)がやや失われているように見える。
●今月のDeepMacro予測は市場コンセンサスを上回っている。したがって、われわれのNFPトレーディング戦略では、金利(債券)の売り、米ドルの買い、S&P500の売り、となる。


雇用に関するわれわれの主要なデータソースは、3万社に及ぶ米国企業の人事ウェブサイトに掲載される求人情報である。企業が求人広告をウェブサイトに掲載した時点でわれわれはそれを新規の「求人」とカウントし、掲載が取り下げされた時点で求人が「埋まった」=「採用」された、と判断している。新たな求人は企業側の労働需要の増加を意味し、雇用の伸びの先行指標となる。また、これら新規求人データの総数は、DeepMacro「成長ファクター」によって計測される景気サイクルの全般的な強さなどの他の変数と合わせて分析することで、毎月のNFPに対する説明力を持つことがわかってきている。


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われわれは1月の民間NFP数を22.5万人増と予測している。エコノミストのコンセンサス(18.1万人増)を上回る数字だ。この予測が正しければ、直近3ヶ月平均の増加数は20.3万人となる。これは、労働市場のスラックをさらに吸収するのに必要とされる水準よりも高いが、直近数ヶ月の結果からはペースを落としている。


DeepMacro予測は複数のファクターに基づいている。


新規求人数は約6.6%上昇。12月の7.4%減少から回復。
新規採用数は11.4%上昇。12月の減少を取り戻す以上の堅調な伸び。われわれのモデルでは、採用数は求人数に比べて(NFP数に対する)説明力が低いとされているため、今月の採用数の比較的大きな伸びは、新規求人数の回復分ほどに、NFP数にインパクトを与えることはないだろう。
DeepMacro成長ファクター(全般的な景気サイクルを測る指数)は、1月に約0.4標準偏差上昇。1ヶ月間としては大きな変化。
セクター別に見ると、月末に改善が見られたため、悪くない結果となった。16の主要セクターのうち、11セクターで新規採用数が上昇、8セクターで新規求人数が上昇。


Figure1は、3万社の米国企業の人事ウェブサイトをスクレイピングすることで取得した新規求人数と新規採用数を示している。グリーンの網掛け部分は1月分、グレーは12月分を表す。これらのデータでは1ヶ月あたり100万件以上の新規求人と新規採用の情報をカバーしている。これは、企業、セクター、職業別の雇用活動の詳細に関する膨大な量のデータである。


雇用活動は1月に低調なスタートを切ったが、1月10日頃から回復し始め、月全体としては強い結果となった。とはいえ、低調なスタートであったという事実を見過ごすことはできない。したがって、今月のわれわれの予測は、市場コンセンサスを上回るという点では先月と同様だが、ここ数ヶ月よりも多少低い数字となっている。


また、われわれはNFP数を見積もるにあたって、DeepMacro「成長ファクター」にも注目している。このファクターは、1月に大きく上昇し、特にここ数日の間に発表されたデータに反応した。成長ファクターは、経済のあらゆる側面からのデータに基づいて算出されているため、われわれのインターネット上のビッグデータでは捉えることが難しい雇用活動についても捕捉することができる。成長ファクターの上昇は、われわれの予測がコンセンサスを上回る結果となった重要な理由の一つである。


賃金:引き続き低迷
われわれは、新規求人数と新規採用数のギャップを賃金上昇圧力の指標の一つとしてみている。新規採用に対して過剰に新規求人がある場合、企業は新しい従業員を雇用しようと試みているができない、ということになり、賃金の伸びは加速する傾向にある。そして新規採用が過剰にある状態では、企業はある程度雇用した後は、さらに雇用するために労働市場に戻ってくることはしないため、賃金の伸びは減速傾向となる。Figure2はこれを示したグラフで、「労働の過剰需要」は新規求人数マイナス新規採用数の変化で表している。
1月は、新規求人と新規採用ともに前年比でほぼ同程度上昇した。労働の過剰需要のレベルは12月よりも若干小さいが、実際にはその差異はわずかなものだ。したがってわれわれは、1月の賃金の伸びを、12月から横ばい、または若干上昇すると見ている。


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NFPトレーディング戦略:金利(債券)の売り、米ドルの買い
ここ数ヶ月で、われわれはDeepMacro予測に基づくシンプルなトレーディング戦略を紹介してきた。DeepMacro予測がブルームバーグ調査のエコノミスト予想中央値を上回った場合は、金利の売り、米ドルの買い、S&P500の売り、DeepMacro予測がエコノミスト予想値を下回った場合はその逆を行う、という戦略だ。


1月に、DeepMacro予測は市場の予想中央値を上回った。したがって、戦略に従えば、金利の売り、米ドルの買い、ということになる。われわれは一定のサンプル期間において最もパフォーマンスの良い金利や通貨ペアを選ぶために戦略を「最適化」しているわけでは必ずしもない。むしろわれわれは、DeepMacro予測に市場に対する予測能力があると仮定した場合に、長期で見て予測通りに反応するであろう、ベーシックで代表的な資産を選んでいる。(DeepMacro予測の目的は、予想を的中させることでは必ずしもなく、市場の方向性を正しく理解するためのものである。)


このトレーディング戦略は雇用統計の発表に際してポートフォリオのリスクを管理するのに有用である。(われわれの別の戦略である)DeepMacro「FX-1」通貨戦略では、日本円とユーロに対して米ドルのショート(そして全体として若干のショートポジション)と発表している。これらは中長期的なポジションを意図したもので、この戦略はこれまでのところ概ね有効に機能している。しかし、このDeepMacro予測に基づいて、日本円・ユーロに対する米ドルのショート幅を減らすことは賢明かもしれない。


一方、市場が現在、債券売りの状況となっているのは明らかのように見える。DeepMacro予測はエコノミストのコンセンサスを上回っており、これは本質的には市場は正しい、ということを示唆している。つまり金利は上昇していく可能性が高い。

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