チーフ・ストラテジスト広木隆によるグローバル・マクロ解説をお届けします。
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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
2018年3月米国雇用統計プレビュー
時間当たり賃金の下振れに要注意
DeepMacroの予想通り、NFPは市場予想を上回りそうだ。先行指標となるADP全米雇用リポートによると、民間・非農業部門の雇用者数は24万1000人増と市場予想を上回った。これはDeepMacroのNFPにほぼ近い数字だ。
ただ、今回も注目は賃金だろう。1月は寒波の影響で労働時間が減少したため時間当たりの賃金が前年比で大きく上昇(したように見えて)金利上昇から大幅株安につながった。2月の平均時給はその反動で、前年比2.6%上昇という無難な結果に落ち着いた。今回発表される3月の数字は、そうした特殊要因が消えた自然体で見ることができる。
ところが、今回も数字のマジックが潜む可能性がある。実は平均時給が+2.6%となった先月も、週給は前年比+2.9%と高い伸びだった。仮に3月の週給も前年比+2.9%で伸びた場合、$921.54となるが、これでは前月($922.88)比マイナスである。労働時間が前月と変わらず34.5時間だったとすれば、これを時給に直すと$26.71で、当たり前だが時給でも前月比マイナスだが、前年同月比ではなんと+2.3%と伸びが一段と鈍化してしまう。労働時間が34.4時間なら前年比+2.6%で前月から横ばいで、賃金上昇が加速も減速もしていないということでスルーされるだろう。しかし、平均時給+2.3%と出た場合はインパクトがあるだろう。今年のFEDの利上げ回数3回に疑問符がつき、金利が下がり、ドル売りにつながる恐れがある。
今回の雇用統計では平均時給の下振れを警戒したい。
3月の雇用活動はコンセンサスよりも強い。
われわれは、今月のNFPは再びコンセンサス予想を上回ると予測している。サンブルの米企業の人事ウェブサイト上の雇用活動状況に基づけば、民間NFPは3月に約24.4万人増となる見込みだ。ブルームバーグ調査のエコノミスト予想中央値は、この予測を発表した4月2日時点で19.5万人増、本日(4月4日)時点で19万人増である。DeepMacro戦略では、この場合、金利(債券)の売り、米ドルの買い、S&P500の売りを推奨する。
雇用に関するわれわれの主要なデータソースは、3万社に及ぶ米国企業の人事ウェブサイトに掲載される求人情報である。企業が求人広告をウェブサイトに掲載した時点でわれわれはそれを新規の「求人」とカウントし、掲載が取り下げされた時点で求人が「埋まった」=「採用」された、と判断している。新たな求人は企業側の労働需要の増加を意味し、雇用の伸びの先行指標となる。また、これら新規求人データの総数は、DeepMacro「成長ファクター」によって計測される景気サイクルの全般的な強さなどの他の変数と合わせて分析することで、毎月のNFPに対する説明力を持つことがわかってきている。
3月のDeepMacro予測の主なポイントは以下の通り。
●平均すると、新規求人は2月と同水準で推移。前月比で3.7%増(2月は1.3%増)、前年比で25.2%増(2月は31.9%増)。
●平均すると、新規雇用も似たようなイメージで、前月比で4.6%増(2月の3.6%減を相殺)、前年比で31.2%増(2月は30.7%増)を維持。
●新規求人と新規雇用の伸びは月間を通じて減速し、弱い基調で月末を迎えた。
●3月の米国のDeepMacro成長ファクターは上昇。
DeepMacroはここ数ヶ月、労働市場のデータに対して共通した見方をしている。第一に、雇用統計はコンセンサスを上回るだろう(したがって、投資家は金利上昇やドル高に対するリスクを調整した方が良いだろう)、という点。第二に、雇用関連指標の絶対的な成長率は、過去数年と比較して、減速してきている点。労働力が不足しており、また雇用者の労働需要にも限界がある。第三に、現在のような高い労働稼働率の状況では、賃金、インフレ、金利に対して上昇圧力をかけるために、成長を加速させる必要はない(現状が続けば十分)という点だ。もしDeepMacro予測が当たっていれば、上記三点の見方も当たっているだろう。
われわれはこの分析を基に、シンプルな取引戦略を考案している。その戦略とは、もしDeepMacro予測がブルームバーグ調査のエコノミスト予想中央値を上回れば、金利(債券)の売り、米ドルの買い、S&P500の売りを行うというものである。戦略の投資期間は5日間としているが、これは雇用統計レポート内の新しいニュースに対応して行われる大規模なポートフォリオの入れ替えを対象とするためである。より広く言えば、DeepMacro予測は雇用統計前後のポジションのリスク管理に利用することもできる。例えば、(DeepMacroの) FX-1が対主要通貨で米ドルのショートという中期的なポジションを推奨している場合に、投資家はDeepMacro予測に基づき、短期的にポジションを減らしたり、逆にしたりすることもできるだろう。
この戦略のバックテストの結果は良好(約69%のヒット率=月単位で見た場合、69%の確率でプラスのリターン)である。昨年この戦略を発表して以来、このヒット率を達成している。
DeepMacro予測を活用するこの戦略は、実際の発表された内容に基づいて取引を行う戦略よりも、良い成績を残している。(Figure2参照)つまり、仮に雇用統計の内容を事前に知っていたとして(勿論不可能なことだが)、それを基に取引するよりも、DeepMacro予測を活用した戦略に基づいて取引した方が運用成績は良いのである。このことは、ボトムアップのビッグデータに基づいたアプローチが、市場が雇用統計レポートの内容をどのように読むか(どのように反応するか)を良く予測出来ていることを示す。
労働の過剰需要の弱まり
DeepMacro予測が強い結果となったため、われわれは金利(債券)の売り、米ドルの買いを推奨している。しかしながら一方で、労働市場が頭打ちとなっている兆候がいくつか見られている。最も重要なのは、新規求人の伸びが新規採用の伸びを下回っていることだ。これは、企業は採用活動を行っているが、一旦ポジションが埋まってしまえば、更に従業員を雇用しようとしていないことを意味している。企業はもしかすると労働力という観点で「ちょうど良い規模」になりつつあるのかもしれない。われわれはこの現象を経済全体でも、様々なセクターでも見ている。3月に、新規採用数は15の主要セクターのうち13セクターで上昇したが、新規求人数の上昇はわずか4セクターにとどまっている。
われわれは労働の「過剰需要」の指標として、新規求人数と新規採用数の差に注目している。言い換えれば、企業は新しい労働者を採用しようとしているが出来ていない、という状況である。この労働の過剰需要の指標は、ここ数年、時間当たり平均賃金の伸びと概ね相関する関係にあり、ここ最近はその傾向が更に顕著に見られる。(Figure3参照)労働の過剰需要の弱まりによって、3月の賃金上昇は抑えられる可能性がある。
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