チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、投資戦略の考え方となる礎をご紹介していきます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
【新潮流】第53回 コスト
◆高級蕎麦屋でせいろを頼む。ええっ?たったこれだけ?供された蕎麦の量の少なさにびっくりする。これなら3口程度ですすり終えてしまいそうだ。1000円のせいろ蕎麦を、3口は大袈裟だが5口で食べれば、ひと口当たり200円。もったいないからとちびちびよく噛みながら20口で食べればひと口当たりは50円だ。だが、それで何か得した気になるだろうか。
◆金融庁は、投資信託を販売する際に顧客の手数料負担について詳しい説明を販売業者に義務付ける。販売手数料の料率や実際の負担金額を明示する義務を明文化する。そのうえで、長期保有を促すため、「保有期間が長くなるほど1年当たりの顧客の負担率が軽減される」ことを説明するように求めるのだという。
◆払った費用を年割にして「年当たりコスト」とするならば、年数が長くなれば1年当たりのりコストが低減するのは自明のことである。自動車や洗濯機のような耐久財ならば、「この製品は他社のものに比べて丈夫ですので、多少お値段が高くても長く使っていただけるという点ではお得感があります」などと言えるのだろう。但し、それには「他社製品対比、耐久性に優れる(長持ちする)」ということを訴求しなければならない。投資信託で同様のことが謳えるか。仮に同様のことが言えたとしても、それはあくまで個別ファンドレベルの話であろう。
◆年当たりのコストが下がるというのは、考え方の問題であって、実際に手数料が安くなるわけではない。たとえばバックエンド・ロード(手数料後払い)型などの商品は保有期間に応じて実際に手数料が変わる。ノーロード型は文字通り手数料がかからない。そうした商品に投資する場合、投資家の手数料負担は実際の経済効果として変わってくるのに対して、「長く持てば年当たりの負担が軽くなる」というのは、ほとんど「気の持ちよう」である。
◆5口で平らげようと20口に分けて食べようと、蕎麦屋の勘定は変わらない。だったら蕎麦は、やはり勢いよくすすって食べたいものだ。いや無論、投資は慎重に長期で臨むもの、蕎麦を食べるようにささっと掻き込んではいけない。蕎麦の話はたとえが悪かった。蕎麦は、傍ではなく脇に置いておこう。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆