チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、投資戦略の考え方となる礎をご紹介していきます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
【新潮流】第55回 エスカレーター
◆日本各地を講演で訪れる。講演では始めにご当地ネタを話す。先日、名古屋でのこと。「東京ではエスカレーターの左に立って、右側を歩く人のために空けます。大阪は反対ですね。立つひとは右、歩く人は左。さて名古屋はどっちなんだろうと思って、地下鉄の栄駅でエスカレーターの張り紙を見たら、こう書いてありました。『歩かないでください』」。
◆名古屋では、ひとりで乗る場合、基本的に東京と同じく左に立つが、二人並んで乗ることも珍しくない。エスカレーターを歩く人のために左右どちらかを意識的に空ける習慣がないという。名古屋は偉い!というのも、エスカレーターで歩くのはとても危険だからである。突然にエスカレーターが停止した場合、歩いているとつんのめって転んでしまう。下りの場合は将棋倒しになって大事故につながりかねない。
◆先週、米国のNYダウ平均は週間で467ドルも下げ、年初からの上昇分を1週間で失った。エスカレーターに乗って順調に運ばれていたと思ったら、突然エスカレーターがストップしたようなものだ。本来は上昇が止まるだけなのに、投資家はみんな歩いて(なかには走って)いたものだから、もんどりうって転んでしまったというところだろう。不幸中の幸いはこれが昇りエスカレーターだったことだ。下りのエスカレーターだったなら、前述したように大事故となっているだろう。
◆実は鉄道各社が駅のエスカレーターを「歩かないで」というキャンペーンを以前からおこなっている。しかしその効果のほどは決して芳しくない。一度定着してしまった慣行を変えるのはいかに大変なことか。特にエスカレーターの歩行は「少しでも先に行きたい」という人間の本性に結びついているだけに厄介である。相場が躓(つまづ)いたら、我先に逃げたいと思うのが投資家心理。しかし、その「我先に」と思う気持ちが大きな暴落を呼ぶことに、ひとりひとりのレベルでは気が付かない。気が付かないと言えば、怪我や障害で左右どちらか限られた側にしか立つことができないひとがいることは見過ごされがちである。そういうひとたちの存在を想えば、エスカレーターの歩行をやめようという声をもっと大きくしていい。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆