チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、投資戦略の考え方となる礎をご紹介していきます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
【新潮流】第158回 To Be Or Not To BE
◆信濃町の文学座アトリエで、江守徹主演『リア王』を観た。昨年のシェイクスピア生誕450年を記念した「文学座シェイクスピア祭」の最後を飾る公演だ。<「愛」であれ「信義」であれ、人間存在の支柱となるべき根本原理が崩れる様を活写するのが、シェイクスピア悲劇の醍醐味。今回の『リア王』では、「老い」による精神と肉体の崩壊。その極点の風景を描き切ることで、なお再生し続けようとする「いのち」をこそ、表現したい>と演出の鵜山仁は語っている。その目論見は成功したと言っていいだろう。老境に達した江守演じるリアは圧巻だった。
◆舞台は白と黒のモノトーンを基調としていた。白の背景に役者は黒の衣裳を身に付ける。白と黒のコントラストは、新旧の日銀総裁の対比でもある。白川方明・前総裁と黒田東彦・現総裁。「静」の白川氏に対して、「動」の黒田氏。慎重過ぎるきらいのあった白川氏のスタンスに対して、黒田総裁の手法はバズーカ砲にも喩えられるほど強烈なインパクトのあるものだ。昨日まで開かれた金融政策決定会合。さすがにここで再びバズーカが放たれるとの予想は皆無であったが、小規模な援護射撃くらいを予想する向きはあった。超過準備に対する付利の引き下げである。しかし、それもなかった。日銀は現状維持を決定し、決定会合を終えた。
◆同時に日銀は昨年10月の物価展望レポートの中間評価を行い、15年度の物価上昇率を前回から0.7%引き下げて1.0%とした。その理由は原油価格の大幅な低下であることは言うまでもないが、「15年度を中心とする時期に2%の物価上昇」を掲げてきた日銀にとっては大幅な下方修正であり目標達成が遠ざかった印象である。記者会見で、この点を問われた黒田総裁の答弁はいかにも苦し紛れといった感がぬぐえなかった。
◆目標に掲げた15年度の物価上昇2%は非常に困難になったことを日銀自身が認めた。但し、その後、原油価格が緩やかに持ち直すことを見込んでいるため、16年度には2%に達する見通しは変えていない。では、原油価格任せなのか?従来から見通しがブレる場合には躊躇なく措置を講じると言ってきたが、これだけ足元で乖離が生じていてもノーアクションでいいのか?そのような自問自答が日銀内にあったのかどうか、そこを知りたいのに、記者会見に臨んだ記者たちからはその質問は一切なかった。
◆今回、リア王を演じた江守徹といえば、日本におけるシェイクスピア劇の歴史に名を刻んだ名優だ。その起点となったのが1972年、文学座シェイクスピアフェスティバルにおいて演じたハムレット。僕がこどもの頃、あの有名な不定詞句の訳は「生きるべきか、死ぬべきか」が一般的だった。その後、高校生になった頃、小田島雄志の訳を知った。「To Be Or Not To BE - このままでいいのか、いけないのか」。黒田総裁はじめ日銀も悩んでいることだろうと信じたい。「それが問題だ」と。日銀の決定会合は昨日終わったが、文学座の『リア王』は今日が楽日である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆