チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、投資戦略の考え方となる礎をご紹介していきます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
【新潮流】第192回 スウェーデン・モデル
◆僕が出演している朝のテレビ番組には、新聞記事にゲストがコメントするコーナーがある。今週月曜日は、職務発明の特許に関する記事が取り上げられた。仕事上の発明の特許を「会社のもの」とする特許法改正の最終案を政府が固めたというニュースである。従業員との合意で社内規則や契約方法を決めたケースに限り「初めから会社に権利が帰属する」と明記する。これまで日本では特許を取る権利は発明した従業員にあり、約90年ぶりに制度が変わる。今後は何かを発明した時点から会社側に権利が生じる。
◆僕はこれに対して、「特許取得の権利は個人に帰属させたほうがいい」とテレビで発言したら、多方面から批判やお叱りを受けた。確かに個人の権利とするには問題は多々ある。職務として開発したものは、当人に支払った給与も含め、会社がコストを負担したうえに成り立つ業績であるため、成功の果実だけを個人に帰属させるのはおかしい、といった意見もあるだろう。チームで開発に当たった場合、個人の貢献度をどう測るかといった問題や、そもそも従業員が利己的になりチームワークが乱れたりモラルの面で支障が生じるかもしれない。
◆それでもあえて僕がそう主張したのは、先日、スウェーデン・モデルは社会主義か資本主義か?というテーマのワークショップに参加する機会があり、そこで興味深い示唆を得たからであった。スウェーデンは高税率、低賃金だが高福祉という社会システムである。一種の「共同体」運営と見なせば社会主義のようにも見える。ヒエラルキーがなくフラットな社会であるのも特徴のひとつだ。しかし実は国民の意識調査からは個人主義の側面が強いことが明らかにされている。また、優れたグローバル企業も多く - 思いつくままに挙げるだけでも、イケア、エリクソン、H&M、ボルボなど - 経済のパフォーマンスも非常に良好である。一見社会主義とも思える、人口わずか1000万人の北欧の国がうまく経済を成長させている。
◆その秘密のひとつが、起業の促進である。スウェーデンでは簡略に「会社」を興すことができる。そればかりではない。企業に勤めるサラリーマンでありながら、兼業や副業が認められているというのだ。高税率というのは所得税であり法人税は世界的に見て平均レベル。「法人」で稼ぐ意味は大きい。日本でも個人事業主が法人の形態をとる「法人成り」は多いが、スウェーデンではサラリーマンが「法人成り」をしているのである。
◆もちろん、肥大化し過ぎた公的部門の経済全体に占めるウェイトを低めようという狙いもあるのだろうが、従業員の兼業に関わる認可は各企業マター。つまり社会がそれを許容、奨励しているから普及しているのだろう。そうした多くの中小企業、零細企業が経済の活力を生み出す土台になっていると考えられる。
◆日本もこれから少子高齢化で労働力が不足する。それを補って成長するにはイノベーションを起こすしかない。そのためには、やはりインセンティブやモチベーションを高める仕組みが必要だろう。職務上の発明は会社のもの、という理屈はわかるが、それでは新陳代謝が生まれにくい。いつまでも従業員に会社という共同体への忠誠を誓わせる制度を変えてこそ、イノベーションが起こるのではないか。今回の特許法改正は会社側の利益に配慮したという点で「プロ・ビジネス(ビジネスに親和的)」=経済的にポジティブと映るが、成長戦略の推進という趣旨には背反する判断だと思う。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆