チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、投資戦略の考え方となる礎をご紹介していきます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
【新潮流】第213回 危機管理
◆"Failure is not an option"(失敗という選択肢はない)- 映画『アポロ13号』の名セリフである。「アポロ11号の成功よりもアポロ13号の失敗のほうが、アメリカの宇宙技術のすごさを示している」と立花隆氏が言う通り、アポロ13号は偉大なる"Successful Failure" (成功した失敗)と評される。月面着陸の直前、アポロ13号は突然、爆発事故を起こす。2基の酸素タンクの両方、3基の燃料電池のうち2つ、2つの電力供給ラインの1つがだめになった。エネルギーも水も供給されない深刻な事態。そこから3人の宇宙飛行士たちが地球に生還を果たすまでのドラマは多くの本に書かれ、映画にもなった。
◆アポロ13号の物語は危機管理の重要性を教えてくれる。日本語で「危機管理」という場合、クライシス・マネジメントとリスク・マネジメントを峻別しているか曖昧なケースが多いが、発生した危機に対応するのが前者で、危機の発生を事前に予測・把握しようとするのが後者である。投資の世界ではリスク・マネジメント中心に研究が進んできた。株価の変動性をリスクと捉えて、さまざまな確率計算に基づいてポートフォリオを運用する。資産運用、イコール、リスク・マネジメントと言っても過言ではない。
◆「テール・リスク」(発生確率は低いが一度起こると巨大な損失をもたらすリスク)や「ブラックスワン」(発生時期や被害範囲の予想ができず、起きた時の衝撃が大きい事象)についての認識およびそれらへの備えも、ある程度、広がっている。一方、クライシス・マネジメントという言葉を投資の世界で目にすることは稀である。危機が実際に発生したら、どう対処するか、ということである。
◆結局、対処法としてはポジションを早急に手仕舞うしかない。端的に言えば保有銘柄を一旦、売ることである。その後、事態の進展を推し量りながら、徐々に買い戻すか、もうしばらく様子を見るかを決めていくことになる。問題は、危機が起きたときに行動を起こせるかどうか。それには、避難訓練と同じで、手順を予め確認しておくことが重要である。何銘柄も保有している場合は一度に売るのは大変なので、先物などヘッジ手段を使えるようにしておく。いざという時に、すぐに使えるように先物・オプション口座を開設し、証拠金も入れておこう。先物を使わない場合、インバース型(株価が下がると利益が出るタイプ)のETFに投資するという手段もある。これも平時から練習だと思って売買の経験を積んでおいたほうがよい。
◆打ち上げから約143時間後、着陸船アクエリアスを切り離した司令船オディッセイは無事太平洋に着水した。今から45年前の今日のことである。1970年4月17日、アポロ13号は奇跡の帰還を果たしたのであった。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆