チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、投資戦略の考え方となる礎をご紹介していきます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
【新潮流2.0】 第31回 ゾンビとAI
◆夏はカリフォルニアのビーチで過ごすことが多い。今年も一足早く休みをとってLAに滞在してきた。LAはテーマパークが多いので子連れの旅行にも適している。人気テーマパークのひとつ、ユニバーサルスタジオ・ハリウッドで1年前にオープンした最新アトラクションが、「ウォーキング・デッド」だ。ゾンビに支配された世界でのサバイバルを描くドラマ「ウォーキング・デッド」をモチーフにしたものだが、オリジナルのドラマもアトラクションも大人気である。実は数年前から「ゾンビブーム」とでもいうべき状況が起きている。
◆初期のゾンビはブードゥー教の魔術によって蘇った単なる操り人形で、労働力として使われる奴隷のようなものだったが、その後のホラー映画によって自ら行動し人を襲うものとして描かれて以来、その姿がすっかり定着した。そう考えると、ゾンビの恐怖はシンギュラリティ(レイ・カーツワイルなどが主張する「AIが人間の知能を追い越す技術的特異点」という考え方)の脅威に似ている。機械は人間の労働を楽にしてくれる道具だったが、徐々に人間から仕事を奪うライバルとなった。昨今、機械はAIで自ら学習し人間の領域を猛烈な勢いで侵食している。ロボットやAIによって職が奪われ自らの生活基盤を失う不安が「ゾンビブーム」の一端に現れているような気がする。
◆実際に、19世紀のはじめ、産業革命にともなう機械の普及により、失業の怖れを感じた労働者は機械を破壊した。ラッダイト運動である。ゾンビ映画もゾンビゲームもひたすらゾンビを撃ちまくるものが多い。いまやAIを否定し、ロボットを破壊することなどできない。本当は自分の職を奪うAIやロボットを壊してしまいたいのだが、それができない反動がゾンビを撃つことなのではないか。
◆過剰なAI脅威論に反論も出始めている。パリ第六大学でAI研究チームを率いる哲学者、ジャン=ガブリエル・ガナシア氏は近著『そろそろ、人工知能の真実を話そう』のなかで、シンギュラリティは科学というよりSF的な世界観だと切り捨てている。グーグルの「アルファ碁」の生みの親である英ディープマインドのCEO、デミス・ハサビス氏は、「あらゆる企業が『AIを使っている』と吹聴するが、9割はその意味を理解せず、マーケティング用語として使っている。まさにAIバブルだ」と述べている。
◆理学部出身のSF作家、松崎有理氏のゾンビ小説『やつはアル・クシガイだ』の巻頭にはこんな言葉がある。<我々に武器を執らしめるものはいつも敵に対する恐怖である。しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である>(芥川龍之介『侏儒の言葉』)。これは普遍の真理であろう。様々なものに当てはまる。AIにもゾンビにも、「枯れ尾花」にも、である。
◆しかし、そうは言ってもなあ...。わかっちゃいるけど怖いものは怖いのだ。ユニバーサルスタジオの「ウォーキング・デッド」、正直、いい大人が泣きそうになった。最近、相場が動かなくて刺激のない日々に飽いているトレーダーの方へ。「ウォーキング・デッド」を体験されることをお勧めします。心の底から震え上がるスリルを味わえること確実。これに比べれば相場急落のスリルなんてかわいいものに感じます。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆