米国マーケットの最前線-経済動向から日本への影響まで-(随時更新)
世界一の規模を誇る米国マーケット。経済動向や注目トピックの解説、そして日本に与える影響まで踏み込んだ旬な情報をお届けいたします。
執筆者:マネックス証券 プロダクト部
9月利上げが行われない理由(雇用統計直前レポート)
ADP雇用統計(前月差) 8月 +19.0万人 市場予想 +20.0万人 前月 +17.7万人(下方修正)
(予想)非農業部門雇用者数 8月 市場予想 +21.7万人 マネックス証券予想 +20.0万人
■今月の雇用統計は9月利上げ是非最大の判断材料に
4日の日本時間21時半に米国雇用統計が発表される。雇用統計は元々世界の経済指標の中で最も注目度が高いが、今月の発表は一層注目度が高い。それは、今月の雇用統計が9月16日、17日開催の連邦公開市場委員会(FOMC)において利上げが開始されるかどうかの最大の判断材料となるためだ。以前からお伝えしている通り、イエレン議長率いるFRBは今年中の利上げ開始に強く意欲を示している。年内のFOMCは9月・10月・12月の3回の開催であり、早ければ今月のFOMCで利上げが決定されるというわけだ。
ただ、雇用統計の結果が堅調なものでも9月のFOMCで利上げが決定される可能性は極めて低いと筆者は考えている。その理由は言わずもがな、足下のマーケットの混乱である。
グラフはS&P500のボラティリティ・インデックス、「VIX指数」と米国のフェデラル・ファンド目標レートの1990年以降の推移である。VIX指数は別名「恐怖指数」とも呼ばれるように、マーケットの心理を表すとされる。同指数の平常時の水準は10-15程度であるが、8月24日に一時40を超えた。グラフに示したように、VIX指数が40を超えるというのは、「リーマン・ショック」、「第1次ギリシャ危機」、「欧州信用危機」といった世界経済を揺るがすような大きな問題が発生したときの水準である。
現在、マーケットが何を不安視しているのか、はっきりとした全体像は定かではないが、1つの仮説として中国発の信用危機の発生が取り沙汰されている。本当にそのような事態が起こるかは別として、そのようなレベルの危機をマーケットが恐れている際に、FRBが金融引き締め(利上げ)を行うだろうか。筆者はそうは思わない。そしてむしろ、グラフに点線で囲って示したように、VIXが40超えというのは、過去に金融緩和(利下げ)が行われてきた水準だ。インフレが過熱しているわけでもない足下の状況で、FRBがあえて9月利上げにこだわる理由はない。繰り返しになるが9月利上げは行われないだろう。
■雇用統計の注目ポイント
上述したとおり、9月の利上げ開始決定は行われないと考えているが、年内の利上げ開始はもちろん可能性が残っている。マーケットの心配が行き過ぎで、経済的な混乱が起きなかった場合、当然FRBはこれまでの方針通り年内に利上げを行いたいと考えるだろう。その意味で、当然労働市場の動向は今後も注目である。
8月の雇用統計は堅調な内容が予想されている。2日に発表された先行指標のADP雇用統計は、前月差19万人の増加と市場予想の20万人増は若干下回ったものの、堅調な内容だった(グラフ参照)。
新規失業保険申請件数など、その他の労働市場関連指標も概ね堅調に推移しており、米国労働市場の回復は依然継続している可能性が高い。大きなネガティブ・サプライズとなるような極端に悪い数値が出てくる可能性は低いだろう。マネックス証券では非農業部門雇用者数について、前月差20万人増と予想している。
■ISM製造業指数はやや心配
8月のISM製造業景況感指数(52.7→51.1)と非製造業景況感指数(60.3→59)はともに前月から悪化した。非製造業指数は依然60近い高水準で、前月に大幅上昇した反動もあることから、心配は不要であろう。
ただ、製造業指数の悪化は若干気がかりである。ヘッドラインを構成する5項目(新規受注・生産・在庫・雇用・入荷遅延)のうち、上昇したのは入荷遅延のみで、その他4項目は揃って前月から悪化した(グラフ参照)。
また、輸出についての調査が前月の48→46.5に悪化した。これは2012年7月以来約3年ぶりの低水準である。中国等への輸出が不調な可能性があり、今後の米国経済の一抹の不安材料だろう。
■新車販売は絶好調
8月の新車販売台数は年率換算1781万台と2005年7月以来10年ぶりの高水準で、絶好調であった(グラフ参照)。2015年1年間で見ても1700万台を突破するペースでの推移となっている。ISM非製造業や新車販売の動向を見ると、米国の個人消費は好調に推移していると見て良さそうだ。
これまで繰り返し述べてきたとおり、足下の米国経済は好調に推移している。それを根拠に米国株の下落局面は中長期的に見てエントリーして良い水準であると考えてきた。ただ、冒頭で述べたように、マーケットは強烈な危機の発生を怖れている。その正体は判然としていない。今後も米国経済主導で世界経済が緩やかに拡大するというのがメインシナリオと見られるが、不安の正体が明らかになるまで、または不安が杞憂に終わったことが確認されるまで、無理にリスクを取る必要はないとの考えを強めている。
■用語解説
雇用統計(米国)
米政府による雇用環境を調査した統計。発表される統計のなかでも、失業率(働く意欲がある人口に占める失業者の割合)と非農業部門雇用者数変化(農業従事者を除いた雇用者数の増減)が市場で注目されやすい。通常は月初の金曜日に前月分が公表される。
ISM景況感指数
ISM(Institute for Supply Management 供給管理協会)が発表する景気転換の先行指標である。供給管理協会が企業の担当者にアンケート調査を実施して作成しており、主要経済指標の中ではいち早く発表されることから景気の先行指標として重要視されている。数値が50を上回れば企業の景況感が好転、50を下回れば悪化していることを示す。製造業、非製造業それぞれ別に指標が発表される。
新車販売台数
オートデータ社が毎月月初に前月分を発表する米国の新車販売台数。販売台数は個人消費動向の確認に加えて、関連部品などが多岐にわたり製造業全体に影響をあたえるため注目を集める。
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