<要約>
ユーロ相場は、当事者であるはずのギリシャ危機深刻化への反応も、最近の中国の株価暴落の影響も限定的で、特に対ドルでは強い方向感がない。ECB量的緩和の当初の効果が一巡し、ギリシャのデフォルトや潜在的なユーロ圏離脱の影響が限定的との評価が広まりつつある中、ユーロを巡っては買い要因と売り要因が交錯しており、どの要因が支配的となるか見極めがつかない状況だ。来年にかけて、最も方向性が明確で妙味がありそうなのはユーロ/ポンドの下落だが、米利上げがほぼ織り込まれつつある対ドルや、政府・日銀の金融・為替政策がはっきりしない対円相場は、今後数か月間は安定的な方向感が出ず妙味が小さそうだ。
ギリシャのデフォルト・ユーロ圏離脱の危機でもユーロが狙われない訳
ギリシャ支援問題を巡っては、期限である6月末までに支援協議で合意することができず、対IMF債務が不履行となっただけでなく、7月5日に債権者側の提案に関して国民投票を行う運びとなり、国民投票で反対多数となるなど、想定外のネガティブイベントが立て続けに起こったがユーロの下落は非常に抑制されたものとなった。この背景としては、①2010年以降の当初のギリシャ危機時と違い、様々なセーフティネットが構築され他のユーロ圏諸国に波及するリスクが抑制されたこと、②ギリシャがいずれ再び困難な状況に陥ることはある程度想定されており、民間主体はギリシャ向けエクスポージャーを最低限に削減しており、足許では主要な債権者はECB、EU諸国政府やIMFなど公的主体となっていること、③そもそもギリシャ経済の規模が小さいこと(ユーロ圏の2%)、などの要因が挙げられている。
なお、ギリシャがEUの求める財政緊縮に応じないということは、ユーロ圏あるいはEUの加盟国としての適格性の問題でもあり、ユーロ圏からの離脱およびEUからの離脱といった「未知の」領域へ進展する可能性が、最近のギリシャ関連の悪材料に対する市場の「未知のものに対する恐怖」からくる突発的なユーロや新興国通貨の売り、米国債への資金逃避、円ショートなど既存ポジションの削減といった条件反射をもたらしている。もっとも、ユーロ圏離脱の可能性についてはある程度思考実験が行われてきたとみられ、冷静な反応に留まっている。
しかも、ギリシャのユーロ圏離脱はユーロにとって悪い面だけでなくいい面もあることも、一方向のユーロ売りを抑制している。即ち、ギリシャのユーロ圏離脱が前例となり今後も他の高債務国が国民投票を経て離脱を余儀なくされる国が増える可能性が高まり、ユーロの安定した準備通貨としての魅力をそぐ点がネガティブである一方で、「劣等生」のギリシャが離脱すれば、残されたユーロ圏の成長率、一人当たりGDP、信用格付けなどはむしろ向上し、低インフレも是正され量的緩和の必要性を低下させるのはポジティブだ(図表6)。
ギリシャは脇役、主役はECB金融政策だが・・・
ギリシャ問題は今年4-6月期に突然焦点を浴びることになったが、数ヶ月から数年間のユーロ相場の基調的な方向性を決めているのはファンダメンタルズを背景とした金融政策動向だ。但しこれについても明確な方向感が出ないのが実情だ。確かにECBは今年3月に資産購入プログラムを開始し、来年9月まで継続する計画で、四半期ごとのTLTRO(的を絞った長期資金供給オペ、テルトロ)もあわせてバランスシートを拡大中で、資金供給と利回り押し下げ効果はユーロ安要因のはずだ。
もっとも、インフレ率がプラスを回復し景況感も改善傾向が続く中、ユーロ圏国債の利回りは4月に底をつけて以降急反発しており、市場では量的緩和の早期終了期待が高まり易い状況で、むしろユーロ買戻し材料となっている面もある(5月13日付当社投資戦略テーマ「ユーロ:『レジスタンス』運動とスイス衛兵」も参照)。一方で、ギリシャ危機もあって再び反落しており、例えばドイツ10年債利回りは4月に0.04%の安値をつけてから6月に1.05%へ1%ポイント急反発した後、足許は0.7%割れとなっているなど、金融政策からくる下押し圧力、ファンダメンタルズ改善からくる反発圧力、そしてギリシャ危機からくる下押し圧力が交錯している状況だ。
フローも流出入が交錯、経常収支は脇役
ユーロを巡っては、ECB量的緩和政策への期待と実施を背景とした「ユーロキャリー取引」やそれを反映したIMM投機筋のネットユーロショートの拡大がユーロ安トレンドを助長した後、4月以降にドイツ10年債利回りの上昇と共にこれらの巻き戻しが起こりユーロ押し上げ要因となった。現状では、ユーロが世界的にみて低金利であることを踏まえればユーロキャリー取引は依然として残っている可能性は高いほか、IMM投機筋のポジションもネットショートの状態が続いているなど(図表5)、市場参加者のユーロ先安感を反映している面がある。高金利通貨の代表であるトルコリラ、南アランドの対ユーロ(ユーロキャリー取引)、対円(円キャリー取引)相場の動きを昨年初から比較すると、確かに対ユーロ相場の方が対円よりもパフォーマンスが若干いい(図表7、8)。とはいえ、ギリシャや中国懸念を背景とした市場混乱時の潜在的なユーロショート巻き戻し余地の存在がユーロ買い圧力となっているなど、一方向にはなっていない。
より長期的なフローを示す国際収支関連フローでは、①ユーロ圏の経常黒字傾向と、②ECB量的緩和を背景とした世界の投資家によるユーロ圏株式の選好が取りざたされることが多く、いずれもユーロ買い要因に見える。もっとも、経常収支関連の為替フローは短期的に相場を大きく動かすかたちでは市場に持ち込まれないことが多く、通常は資本収支関連のフロー(対内外株式・債券投資など)のボリュームの方が圧倒的に大きい。
対ユーロ圏株式投資は確かに量的緩和との関連で話題となったが、ユーロ圏の資本収支をみると必ずしも対内株式投資が大幅なプラスとなっているわけではない(図表4)。あったとしても、ユーロ安と同時進行の株高を追及するものであることから、大部分ユーロ売り為替ヘッジが行われていたとみるべきで、実際のユーロ買いは限定的だったはずだ。こうしたフローを巡るストーリーはアベノミクス下での円安・株高・経常黒字拡大の進行と非常に類似している。量的緩和からくる通貨安が市場の焦点となる中で経常黒字は通貨高要因とならず、また海外投資家が通貨下落を前提に為替ヘッジを絡めて株式を購入しており、株高でも通貨高とならない訳だ。このため、巻き戻しが起きる場合も為替への影響は限定的となる。
ユーロ取引戦略:様子見、霧が晴れるのを待つ
このように、ユーロを巡っては目下、買い要因と売り要因が交錯しており、どの要因が支配的となるか見極めがつかない状況だ。いずれの通貨ペアでも、対価となるポンド、ドル、円サイドの要因でまず方向性が出る可能性の方が高い。来年にかけて、最も方向性が明確で妙味がありそうなのは米国に次いで年内利上げ開始の可能性があるポンド高と絡めたユーロ/ポンドの下落(ユーロ安ポンド高)だ(図表2)。毎月公表の英中銀(BoE)金融政策委員会議事要旨でのタカ派化や労働市場や経済活動指標の改善度合いが注目となる。他方、米国の年内利上げ開始とその後のゆっくりとした利上げ継続がほぼ織り込まれつつあるユーロ/ドルや、政府・日銀の金融・為替政策がはっきりしないユーロ/円相場は、今後数か月間は方向感が出ないとみられることから、様子見が得策だろう。
ユーロの方向性が明確化するには、ユーロ圏の景気減速やECB追加緩和姿勢の明確化が必要となりそうだ。そのバロメーターとしては、やはりドイツ10年債利回りが鍵を握りそうだ(図表1)。
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