<要約>
原油をはじめとするコモディティ価格の下落が顕著となっているが、更なる下落は円高圧力となりそうだ。コモディティ価格安は日本の貿易収支を改善させるほか、米ドル高が米国の金融政策正常化を遅らせる面もある。コモディティ安を背景とした米ドル高局面でも本邦政府・日銀が更なる円安を望んでいないため円安化しにくく、むしろ対コモディティ通貨での円高が大きくなりそうだ。金融政策面でも、日銀はエネルギーを除くインフレ率に焦点を移しつつあるため、コモディティ安でも追加緩和機運は高まりそうにない。日銀が追加緩和に踏み切るには、コモディティ安からくる受動的な円高が大きくなることが必要だろう。
コモディティ安と米ドル高のシナジー
このところ、主要コモディティ価格の下落が目立っている。7月上旬には中国株価の下落と合わせ銅や鉄鉱石価格が急落したのに続き、イラン核協議での合意を受けて供給増加懸念から原油価格が下落、更にはギリシャ、中国、イランといった各種リスク要因の後退の中で20日には金価格が急落した(図表1)。資源価格は全般的に、中国経済成長率の減速傾向を受けた需要鈍化の一方で、世界的な供給能力の拡大が続いたことから、需給面でも引き締まりにくい状況にあった。
この間、米経済指標の改善傾向やYellen・FRB議長の議会証言でハト派度が後退したと受け止められたこともあって米ドル高圧力がかかったことも、米ドル建てで表示・取引されることが多い国際商品市況の下落に拍車をかけたかたちとなった。
同時に、為替市場ではコモディティ産出国の通貨であるカナダドル、豪ドルおよびNZドルが大きく下落し、米ドル高傾向に拍車をかけている面もあるなど、コモディティ価格安と米ドル高が互いに補強しあっている状況といえる(図表2)。
コモディティ安の他国の金融政策への影響:緩和圧力に
コモディティ安はコモディティ産出・輸出国にとっては交易条件と貿易収支の悪化につながり、金融政策に緩和圧力をかける。既に最近利下げを実施したカナダやニュージーランドのほか、豪州でも追加緩和期待が燻っている。こうした資源国の利下げはこれらの通貨の下落圧力となり、米ドルや円に対しては上昇圧力となる(図表2、6)。
また、もしコモディティ価格の下落が対価としての米ドルの大幅続伸に繋がる場合、FOMCが利上げ開始タイミングを小幅に後ずれさせるリスクが高まる。米国は輸出主導の国ではなく、かつ米ドルは歴史的な高水準という訳ではないが(図表3)、米ドルの実効相場(貿易加重平均相場)の構成通貨としては人民元、ユーロに次いで産油国通貨で現在下落中のカナダドルとメキシコペソが大きいことから、実効ベースでの米ドル高に繋がり易い(図表4)。
コモディティ安の日銀金融政策への影響:緩和圧力にはなりにくい
日銀の金融政策面からは、現在の状況では追加緩和と円安圧力には繋がらなさそうだ。もし日銀がこれまで通り目標とする物価指標を原油などエネルギー価格を含むコアCPI(CPI除く生鮮食品)として政策運営を続ける場合には、原油等コモディティ価格の下落はインフレ率下押し要因となることから、追加緩和の必要性を高め円安要因となる。もっとも、日銀はCPI除く食料・エネルギー(いわゆるコアコアCPI)や、CPI除く生鮮食品・エネルギーといった、原油などエネルギー価格の直接的影響を受けにくい指数を重視し始めている節があり、これらの指標は回復傾向を示している(図表5)。こうした中、日銀は今後のインフレ加速を予想しており、更なる円安をもたらす追加緩和について消極的な姿勢を再三示している(6月10日と7月21日の黒田総裁発言)。こうなると、コモディティ安でも日銀の注目するインフレ率の低下は限定的となることから、追加緩和機運は高まりにくいだろう。
またコモディティ安や米利上げ期待の高まりで米ドル高圧力が高まっても、本邦政府・日銀がこれ以上の円安を歓迎していないとの見方が市場参加者の間に広まりつつある中で、ドル/円の上昇余地は限定的となる公算が高くなっていることから、米ドル買いはコモディティ安・米ドル高シナリオで素直に下落するカナダドル、豪ドルやNZドルに集中しがちとなり、結果としてコモディティ通貨など対その他通貨に対して円が相対的に強くなり易い状況となる。
コモディティ安の本邦対外収支への影響:改善・円高
コモディティ安の日本経済への影響としては、資源輸入国であることから交易条件や貿易収支の改善につながり景気にとってもポジティブとなる。既に過去の円安からくるJカーブ効果から輸出増と収支の改善傾向が見られている中で、更なる原油安はこうした傾向を強めることになるだろう。本邦の貿易収支は現在小幅赤字だが、今後黒字化する可能性が更に高まり、外為市場の需給面でいずれ円安要因から円高要因に変化してくるだろう。
更に、経常収支は今年入り後に黒字が急拡大しており(図表7)、円の実質実効相場も割安領域に来ている中で、IMFやG20会合など国際会合において、更なる円安をもたらす大規模量的緩和継続に対する批判が強まる可能性も高まっている(図表8)。IMFは景気減速リスクがある中で追加緩和の必要性を主張しているが、同時に円安と金融政策への過度の依存に警鐘を鳴らしており、こうした論調は日本がデフレを脱却し経常黒字国としての地位を取り戻す中で、更に強まりそうだ。
受動的な円高のフィードバック効果で追加緩和か
以上のように、コモディティ価格の下落はコモディティ産出国の通貨安や金融緩和、米ドル高を受けた米金融政策のタカ派度後退、そして本邦対外収支の改善などを通じて円高圧力となり易い。この間、日銀の追加緩和機運は高まりにくく、むしろコモディティ安からくる円高が大幅となれば、本邦株価への悪影響などを通じて金融緩和の必要性を高めることになるかもしれない。
ドル/円は、米FOMCの年内利上げ開始を受けて米国の金利面で下支えされ易く、125円を超えるチャンスは残っている。もっとも、既に黒田総裁からの再三の円安牽制・追加緩和消極姿勢表明で124円台半ばでの上値の重さが意識される中、コモディティ価格の更なる下落は米利上げ遅延や本邦貿易収支改善を通じて円高圧力を生み出す。結果として、コモディティ価格の下落からくる円高が大きくなり、それからくる景気・物価への下押し圧力を和らげるために日銀が追加緩和に動かざるを得なくなる、といったシナリオも念頭におく必要がありそうだ。特に、4-6月期の本邦景気の鈍化が年後半も続く場合には、金融政策運営において円高リスクの重要性が高まる可能性がある。
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