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山本 雅文「FX投資戦略テーマ」

シニア・ストラテジスト 山本 雅文が世界の外国為替市場における旬なトピックや注目通貨を取り上げ、幅広い視野から最適な投資戦略を提案します。
(原則、水曜日または木曜日に更新)

[ プロフィール ]

シニア・ストラテジスト 山本 雅文のレポートは2015年10月30日をもって更新は終了しました。これまでご愛読いただきありがとうございました。

2015年10月07日

ドル/円:追加緩和はまぼろし?

<要約>
日銀は10月6-7日の会合で追加緩和を見送った。景気悪化とインフレ低迷の中、市場では追加緩和期待が根強いが、安倍政権の下で2%インフレ目標追及の優先度は低下しており、日銀は少なくとも年内は追加緩和を行わない可能性が高まっているようだ。仮に景気後退となっても、金融政策ではなく財政政策(補正予算)で対応される可能性もある。追加緩和先送り継続は円高圧力となるか、ドル/円が足許のレンジを維持できるかは、米利上げ期待が維持されるかにかかっている。

高まる追加緩和期待・・・
このところ市場では日銀の追加緩和期待が高まっており、時期としては半期展望レポートで最新のGDP成長率やコアCPI見通しが提示される10月30日会合がメインシナリオながら、サプライズ演出のため今回10月6-7日の会合で決定されるとの見方もあった。

追加緩和の背景としては、①4-6月期のマイナス成長(前期比年率-1.2%)に続き、7-9月期もマイナス成長となるリスクが高まっていることに加え、②日銀が2%達成を目標としているコアCPI(除く生鮮食品)が8月に-0.1%へ低下し、今後も原油安の影響もあり目標達成が危ぶまれていること、などが挙げられてきた。

追加緩和手法として市場では、①現在年間80兆円としているマネタリーベース拡大ペースを100兆円程度へ拡大、②うちETFやJ-REITの買入れ額を約倍増(各々3兆円→6兆円程度、900億円→2,000億円程度)、③買入れ対象の長期国債の平均残存年限を現在の7~10年から10~12年前後へ延長、④超過準備に対する付利金利を現在の0.1%から0.05%へ引下げ、⑤付利金利のマイナス化、などの案が挙げられている。

・・・但し「おあずけ」状態が来年まで続くリスク
もっとも、日銀は今回、追加緩和を見送った。今回だけでなく、少なくとも10月中の追加緩和は見送られる可能性が高い。第一に、来週以降、重要イベントが相次いで予定されている。特に11月16日の本邦7-9月期GDP発表が重要で、仮に10月中に追加緩和を行った場合、その後発表される7-9月期GDPが市場の懸念に反してプラス成長となり、二四半期連続マイナス成長という技術的景気後退には陥らずに済んだことが明らかになると、追加緩和を無駄に行ってしまったことになる。そうした事態は日銀としても避けたいだろう。また、10月19日発表の中国GDP(従来とは違う方法で推計される予定)が大幅減速を示したり、10月あるいは12月の米FOMCでの利上げあるいは見送りを受けて円高株安となる場合、追加緩和の効果が短期間で帳消しとなってしまうリスクが大きい。こうしたイベントリスクに限らず、足許は世界的に金融市場が不安定な状況が続いている中、9月後半に相次いだフォルクスワーゲンやグレンコアなどの個別企業の問題が突如浮上して市場が動揺するリスクもあり、政府・日銀としても極力追加緩和カードは温存したいはずだ。

<今後の主要イベント>
10月19日:中国7-9月期GDP発表
10月27-28日:米FOMC
10月29日:米7-9月期GDP発表
11月16日:本邦7-9月期GDP発表
12月15-16日:米FOMC
来年6-7月:参院選
17年4月:消費増税

「新三本の矢」で金融政策の位置付けが低下
そもそも、かつてよりも金融政策の位置付けが低下している可能性が高い。安倍首相は9月24日、自民党総裁再選決定後も経済優先で政策運営を行う姿勢を示すため、強い経済、子育て支援、社会保障を新たな3本の矢として発表した。特に第一の「強い経済」に関しては、直近約500兆円の名目GDPを600兆円へ拡大することを目標として掲げた(期限は明示せず)。これは一見、「名目GDPターゲット政策(または名目所得ターゲット政策)」と呼ばれる金融政策に見える。近年では、英中銀(BoE)のカーニー総裁が2012年12月の講演で、インフレ目標政策よりも積極的な金融政策として挙げたことで一時話題になったことがあった(当時の肩書きはカナダ中銀総裁)。このため、日銀金融政策の積極関与を含めて打ち出されれば為替・株価に大きなインパクトがあったはずだ。

もっとも、今回の名目GDP600兆円達成については、金融政策の役割のみならず具体的な手段が明示されなかったため、市場からは実現性の低いお題目として、ほぼ無視された。むしろ、初期アベノミクスにおける当初の3本の矢で明示され最も重要な役割を担った金融政策が、今回は言及されなかったことで、金融政策の位置づけが低下したとの見方に繋がった。実際、こうした政府の金融政策の優先度の低下は、金融緩和下での円安局面における産業界からの過度な円安への懸念、食料品などの物価上昇による実質賃金低下の低所得者層への悪影響などを懸念する政府や、更なる円安の経済効果に疑問を呈した黒田総裁発言とも整合的だ。更にいえば、円安で最大のメリットを受けたのは株価だったが、昨年以降は円安が進まなくとも株高が進行する局面も多くなっており、株式市場の観点からも円安をもたらす金融政策の必要性も低下している面もある。

追加緩和より、金融政策フレームワーク修正の可能性の方が大
更に、政府・日銀が13年4月に打ち出したコアインフレ2%を2年で達成するという目標へのこだわりも弱まっているようだ。既に日銀は、当初は2015年度中としていた2%インフレ目標達成時期を2016年度前半へ後ずれさせているだけでなく、10月30日発表の展望レポートでGDP成長率、インフレ見通しの引下げと合わせて達成時期を2016年度中などと変更し実質的に更に後ずれさせる可能性が報道されている。またインフレ指標についても、当初から目標とされているコアCPI(除く生鮮食品)が金融政策によりコントロールできない原油などエネルギー価格の影響でマイナスに転じる中で、物価の基調を見る上でエネルギーを除いたコアCPI(日銀版コアコアCPI)の重要性を強調し始めている。

なお、安倍首相が掲げた「新三本の矢」における名目GDP600兆円達成の前提が、名目GDPの+3%以上の成長、実質GDPでは+2%の成長が前提となっていることを考慮すると、インフレ率は日銀が目標としている+2%ではなく、「+1%以上」が想定されていることになる。日本では実質と名目のGDP成長率の差であるGDPデフレータはコアCPIと比較して年率で1%ポイント弱低いことから、コアCPI+2%、GDPデフレータ+1%が想定されている、とみることもできるが、最近では両者の乖離は小さくなっており、政府も2%インフレにこだわっていない姿勢が浮き彫りとなっている。

高いインフレ目標を掲げることで積極的な金融政策を行い、歴史的な株安・円高を是正するという局面は終えたと捉えると、金融政策は現在の緩和度合いを弱めることにはならないものの、経済政策の最前線で引っ張っていくという歴史的役割を既に終えた可能性すらある。7-9月期GDPが再びマイナスに陥った場合でも、景気対策は数兆円規模の補正予算を通じて行われる可能性も政府から示唆されており、金融政策は用いられないかもしれない状況だ。

但し、目標とすべきインフレ水準として2%は変更すべきでないだろう。前年比2%を目標とし、日欧などと同水準とした意義は特に為替市場の観点からは非常に大きい。これまで米国では平均2%のインフレ率の一方、日本ではゼロ%であったことから、毎年日米間に2%のインフレ格差があり、これが購買力平価の観点から年間2%のドル安円高圧力となっていた。これを是正するには、すなわち再びドル安円高基調に回帰しないためには、米国と同じ2%のインフレ目標を維持し実現することが非常に重要となるためだ。

円相場へのインプリケーション:他力本願
アベノミクス第1ステージでは日銀の積極的な金融政策が重要な柱として位置づけられ、それに加えて公的年金(GPIF)による外国資産投資の拡大や米利上げ期待を受けたドル高も重なり、歴史的な円高是正相場が演出された。もっとも、今後は日本の経済政策における金融政策の位置づけは再び低下し、年内は据え置かれる可能性が高まっているようだ。こうした中、ドル/円相場はますます米国の利上げに頼る他力本願の度合いが強まっていくとみられる。足許は米利上げ開始時期に関する不透明感が高まるものの、日銀の追加緩和期待が下支えとなって118-122円のレンジ相場が続いているが、10月7日、10月30日の日銀決定会合で追加緩和が見送られ、インフレ目標達成時期が先送りされる場合、追加緩和期待の後退から円高圧力が高まり、118円をも割り込む局面が訪れるリスクが高まっている。118円割れが一時的となるかは、米利上げ期待が今後再び高まるかが鍵を握るが、10月分以降の米雇用統計や米中の7-9月期GDPが低調となる場合、まだ残る12月利上げ開始期待が後ずれするリスクもある。日銀の追加緩和は、そうしたリスクシナリオが実現しないと、行われないかもしれない。

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