ストラテジーレポート

チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。

広木 隆が投資戦略の考え方となる礎を執筆しているコラム広木隆の「新潮流」はこちらでお読みいただけます。

広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

自惚れ

誠に面目ない限りである。日経平均ダービーの3月末予想の件である。「締めるところは締める」などとあれだけ大見えを切っておいて、大外れだった。

面目ない ― と、述べたが、べつに謝罪しているわけではない。ネットでは例によって誹謗中傷がたくさん来る。予想を外したことに対して謝罪せよとか、職を辞せとか、云々かんぬん言ってくる。僕はネット掲示板のような書き込みサイトは見たことがないので ― そもそも、あまりインターネットにアクセスしない ― そうした声に接するのは、ツイッターである。マネックスのチーフ・ストラテジストとして顔も名前もさらして、半ば公人としてツイートしている。本当はツイッターもやりたくないのだけど、半分仕事だからしかたない。そのツイッターで、チーフ・ストラテジスト失格だ、辞めろ、などと言ってくる輩がいる。日経平均の月次予想などで職を賭けていては、世の中のストラテジストは全員失業してしまう。

好きな競馬のジョークがある。競馬の予想屋が、予想を外したことを責められてこう言った。
「俺の予想が外れたわけじゃない。馬の野郎が俺の予想通りに走らなかっただけさ。」

これに倣えば、僕の予想が悪かったわけじゃない。相場が僕の予想通りにパフォームしなかっただけである。

何度も書いていることだが、相場に関わるものにとって、「市場は常に正しい」というのは金科玉条である。しかし、それは「真っ当な市場は」という条件付であって、日本市場のようなプリミティブなマーケットはさにあらず、と僕は考える。「常に正しい」わけでなく、往々にして間違う。ジョージ・ソロスくらいの大物になると、「市場は常に間違っている」と公然と言って憚らないが、僕のレベルでは、「往々にして間違う」程度でちょうどよい。

最近の間違いの最たるものは、3月27日、実質新年度入りした日の後場の急落である。後場に入ってその日の高値圏で推移していた日経平均は13時15分ごろから先物が売られたことをきっかけに急速に下げ足を速め、高値からの下げ幅は14時すぎまでの45分程度で約500円近くに達した。この日の市況を伝えた記事の中に、「これはひどい」という市場関係者のコメントがあったが、まさに同感である。

これはひどい、の極みである。僕は常日頃から、株は上がったり下がったりするものだ、それもたいした理由もなく、と言っている。メディアから取材の電話がかかってきて、「今日の株価が下げている背景はなんでしょうか?」と尋ねられると、よくそのような回答をするのである。そう、株は、たいした理由もなく上がったり下がったりする。しかし、理由もなく急落や急騰はしないのである。

27日の急落は、投機筋による売り崩し、というのが衆目の一致するところ。それ以外に急落の理由を説明する意見は聞かれない。では、投機筋はなぜ売ったのか。そんなことを詮索しても答えは出ないのだから、無駄なことである。問題は、この急落が相場のセンチメントを完全に悪化させてしまったことである。

この日の日経平均は、終値では前日比185円安の1万9285円。配当落ちが110円強あったから実質的な下げ幅は80円にも満たない下げでしかない。これが投機筋の投機行動たるゆえんだ。彼らは短期の値ざや稼ぎをしているだけで、売って利幅が出ればすぐに買い戻す。相場のトレンドを変えるものではないのである。

にもかかわらず、結果的に、この急落が相場の地合いを悪化させ、今日の1万9000円割れに至る軟調な展開のきっかけになった。年度末に当たる昨日の相場もひどいものだった。欧米株式市場の大幅高を受けた寄り付き直後の195円高をピークに、軟調な展開に転じ、終わってみれば前日比204円安の安値引けだ。市場参加者が少ないなか先物市場で断続的な売りが出るたびにじりじり下げる展開となり、上昇していた主力株の多くも下げに転じて終えた。こんなに冴えない期末の取引はない。

どうして、こんなに弱い相場になったのか、その本当の理由は後で述べるとして、市場で一般的に語られている悲観論、弱気論をいま一度チェックしてみよう。

① 割高感

一時のように足元のPERだけを見て、割高を指摘する声は少なくなった。この時期、もう終わった年度(2015年/3月期)の業績をもとにした予想PERをもって割高という人が多くいたが、さすがに昨今はそんなことはなくなっている。

念のために言うと、今、日経新聞に載っている予想PERは終わった年度(2015年/3月期)の業績をもとにした予想PERである。日経平均で17倍、TOPIXで18倍である。

今年度(2016年/3月期)はざっくり15%増益程度が見込まれているから、TOPIXでも15倍台に下がる。15倍は割安ではないが割高でもない。これをもって売られる要因には少なくともなるまい。

ここでひとつ重要なことを見逃している。終わった年度(2015年/3月期)の業績が上方修正されることを織り込んでいないのである。日経新聞に掲載されているPERをもとに逆算したEPSは昨年度実績対比、日経平均で0.9%増、TOPIXで2%増である。今期の上場企業の業績が昨年度対比横ばいとはあまりにも保守的過ぎるだろう。第3四半期までは企業の見通しが変わらなければ日経予想も大きくは変わらなかった。しかし、今度は本決算。「見通し」ではないのである。実際に為替で円安の恩恵を被っているなら、「実績」として決算の数字に表れてくる。

クィックコンセンサスベースでは日経平均の予想EPSはすでに1180円。最終着地は1200円になるだろう。そこから今期は15%増益である。EPSは1380円。1万9200円では14倍を割り込む。昨日の終値、すなわち昨年度の終値1万9200円というのは、リーズナブルな昨年度EPSの見込み値1200円をもとにしてPER16倍だ。くどいが、それは昨年度の数字である。今期の増益見通しは含まれていない。

② 決算発表での失望リスク

その肝心の企業業績が失望となるリスクが言われている。しかし、これはどう考えてもおかしな理屈である。一般に言われている見方とはこういうものであろう。

「下旬に始まる3月期決算会社の決算発表でも、企業が持ってくる16年3月期の業績見通しは総じて保守的だと思われる。3月までは15%程度の増益見通しを織り込んだ相場形成になっていたため、企業自身の見通しとのギャップが売り要因になる恐れがある。」(4月1日付け日経電子版「マーケット反射鏡」より抜粋)

どこがおかしいのか。これも毎年言っていることだが、企業が期初に保守的な業績見通しを出すのは毎年のことである。つまり、はじめから分かり切ったことであり、どうしてそれが売り要因になるのか。「3月までは15%程度の増益見通しを織り込んだ相場形成になっていた」というのなら、それが毎度毎度保守的なものになることが分かっている企業側の見通しによってどうして修正される必要があるのだろうか。

これも毎年、まったく同じことを繰り返しているが、企業側の慎重な見通しに引きずられるなら、アナリストの予想や見通しとはなんのためにあるのだろうか。市場が、市場自身の予想を信じられないなら自ら予想することなど止めてしまえばいい。

市場予想は厳然として15%増益であり続けるだろう。たとえ企業が慎重な見通しを出しても、それは変わらない。単純に、「15%増益の企業利益」に目を向けられるか否か、センチメント次第でそれが揺れ動くということだけであって、「企業自身の見通しとのギャップ」が売り要因になるということではない。

③ 米国株に対する懸念

確かに米国株は弱い。第1四半期のNYダウのパフォーマンスはマイナスとなった。これから始まる1-3月期の企業決算は冴えないものとなるだろう。減益が予想され警戒感も強い。しかし、それらを織り込んで弱い相場が続いてきたのであり、株価が低迷したせいでバリュエーションの割高感は薄らいでいる。1-3月期の企業決算は期待が高くない分だけ、ポジティブ・サプライズが出やすく、米国株相場の底入れのきっかけになる可能性もある。

そもそも日本株が堅調だったときは、「米国株離れ」と言われた。日本独自の買い材料で上がっている相場だと言われた。それが軟調になった途端に、米国発の弱気材料を並べるのはいかにも後講釈というものだろう。

④ 日銀短観の失望

本日発表された3月調査の日銀短観では、大企業製造業の業況判断指数(DI)が14年12月の前回調査から横ばいのプラス12となり、プラス14と緩やかな改善を見込んでいた市場予想を下回った。日本の景気回復への期待が相場上昇の一つの原動力となっていただけに、期待外れとの受け止めが広がったというものだ。

特に大企業の15年度の設備投資計画が前年度比で1.2%の減少となったことに対する失望を挙げる声もある。企業が慎重姿勢を崩さず業績上方修正の期待も遠のきかねないという。

しかし、日銀短観は今日の今日、ふたを開けるまでここまで弱い数字は誰も予想しなかった。今日の下げは短観の失望だが、これまでの下げには織り込まれていない。さらに言えば、企業の慎重姿勢と実際のマクロ景気には乖離がこれまでもあった。いまさら驚くような悪い数字ではない。仮にこの慎重な企業の姿勢が明日発表の企業物価見通しにも同様に反映されるとすれば、日銀による追加緩和期待が高まることになるだろう。

改めて、相場が崩れる要因をレビューしたが決め手に欠ける。足元の軟調相場は、

1) これまで一本調子の上昇が続いた反動(いつか来ると誰もが予想・期待した押し目が、当然のように来ただけ)。
2) 年度をまたぐ期間で日本の機関投資家の動きが鈍くなり、そこにイースターで外国人投資家が休暇に入る。市場参加者が少なくなる間隙を突いた投機筋の仕掛け的な売り。

が、主な要因だと思われる。

それらに加えてあと、ひとつ、自己循環論法 - 例えば、「通貨は、それが通貨だと誰もが思うから通貨として通用する」といったような論法 - を述べるとすれば、「相場が崩れてしまったこと自体が弱気相場に傾いた理由である」と言える。トレンドがトレンドを正当化する - といった類の理屈かもしれない。

冒頭で触れたツイッターで、例の急落のあった日、「こういう投機筋の売りは許しちゃいけない」とツイートしたら、こんなリツイートが来た。

「官製相場は許されて、投機筋の売りは許されないのですか?」

僕はこう答えた。「市場ではどんな主体による売買も違法でない限りOK。それが市場経済的に許されざる売買だとするなら反対売買によって是正される。それが健全な市場機能。投機売りはあっていい。但し、この状況でそれを易々と許すような市場は健全でないと言っているだけである。」

「これはひどい」と言ったのは、投機筋の売りに対して言ったのではない。急落する理由もないのに、投機筋にちょっとやそっと先物に売りを出されただけで、「急落を許すような」相場が「ひどい相場」だと言ったのだ。ここまで「押し目待ちに押し目なし」で上がってきた相場だ。本来なら「待ってました」とばかりに押し目買いを入れるとことだろう。それが、いざという時に出てこないのだ。

一昔前のだらしない、層の薄い相場に戻ってしまった。いや、戻ってしまったわけではない。変わったと思ったのが間違いで実は変わっていなかったのである。そのことが、27日の急落により馬脚が現れてしまったのだ。

ところで、話は変わるが政治不信を嘆く声が後を絶たない。日本の政治はダメだ、という。なぜなら政治家が悪いからだという。しかし、民主主義によって、そういう政治家を選んでいるのは他ならない僕たちである。日本の政治がダメなのだとしたら、それは、だらしない政治家を選んでいる僕らの責任である。

相場とは僕らが参加して成り立っているものである。日本の株式市場が未熟で、だらしないのだとしたら、それは市場参加者である僕らの責任である。27日の急落は、僕らのなかに芽生えつつあった儚い自信のようなものを根本から打ち砕いた。

自惚れていた自分を諌められた。それが、今、相場が冴えない本当の理由である。

しかし、人間というものは性懲りもないものだ。すぐにまた、調子に乗って空元気を振り回すだろう。その点については賭けてもいい。僕自身が、そういう人間だからである。

この点は、実は非常に重要である。自分で自分のことをわかっているという点だ。

ジョージ・ソロスはこうも言っている。
「人々は、私が間違いなど犯さないだろうと誤った認識を持っている。これは特に強調しておきたいのだが、私は隣の住人と同じぐらい間違いを犯す。しかし、私がじぶんでも優れていると思うところは、それを認めていることだ。それが私の成功の秘密だ。私は、人間の認識は、生まれながらに過ちを犯すものだと確信している。 」

相場とは人間がつくり、人間は過ちを犯す。だから、市場は - 往々にして間違い続ける。そして、人間とは間違いを犯すものだ、と自覚している人間が、最後に相場で勝つことができる。

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