ストラテジーレポート

チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。

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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

この半月余りの相場を覚えておこう

今日7月15日。日経平均は3日続伸し、前日比78円高の2万463円で終えた。

この半月余りの動きはいったい何だったのだろう。いや、これこそが相場そのものである。7月1日付レポート「株価の決まり方 ギリシャ危機と株主価値」で述べた通り、株主価値は変化していないにも関わらず、株価は大きく下落した。ファンダメンタルズと市場価格の乖離が拡大した。それが相場であり、また利益の源泉である。「価値」と「価格」の差異が利潤を生むのは相場だけでなく、資本主義の基本的な仕組みである。前述のレポートでも引用した、今年年初の緊急レポート「センチメントとファンダメンタルズ」にこういう絵を描いた。

日経平均のチャートと見比べて欲しい。こどもの頃からお絵描きは得意だった。文字通り自画自賛だが、わりと上手に描けていると思う。

諸々の事情によって、これから月末までしばらくレポートの更新が滞り、各方面にご迷惑をおかけするので、しばらく更新しないでもいいように、このレポートでは本質的なことを記載しておく。「株価の決まり方 ギリシャ危機と株主価値」では、以下のように述べた。<株式価値とは何か。株式価値は、株主に帰属する将来の期待フリーキャッシュフローを株主の要求収益率である株主資本コストで現在価値に割り引いたものの総和である。>

株式価値を表すモデルにはいろいろなものがあり、代表的なものとして、配当割引モデル、キャッシュフロー割引モデル、残余利益モデルなどが挙げられる。どれも原理は同じであるが、コーポレート・ガバナンス元年といわれる昨今、残余利益モデルはその考え方が今の時代の要請に最もフィットしていると思われる。残余利益とは資本コストを上回る当期純利益のことである。


株主が拠出したおカネである株主資本、または自己資本に対してどれだけの利益を稼げたかを率で表したものがROE(自己資本利益率)である。定義からして当たり前だが、自己資本にROEを掛けたものが当期純利益となる。ところが資本はタダではない。当然、株主が要求するコストがかかる。だから、資本コストを上回る利益こそが真の株主価値を創造するのである。資本コストを上回る利益(=残余利益)の現在価値合計が、すでに帳簿に記入された自己資本の額を上回る付加価値(プレミアム)となって市場で評価される。市場の評価(=時価総額)が正しく株式価値を表すとすれば、その付加価値(プレミアム)の分だけPBR1倍を上回る。

ROEが資本コストに等しいならば、付加価値(プレミアム)はつかず、時価総額は自己資本から増加しない(PBRは1倍)。ROEが資本コストを下回るならば、そんな企業は事業を継続するだけ株主価値を毀損していくことになる。

式(1)は代表的な残余利益モデルであるEBOモデル(エドワード=ベル=オールソン・モデル)を示している。ここで、式(1)の右辺第二項の分子における残余利益と割引率(=資本コスト)の関係が未来永劫変わらないとの仮定をおけば、式(1)式はシンプルに式(2)のように表せる。

日経新聞の市況欄を見ると、7/14付の日経平均の予想PER16.2倍、実績PBRは1.39倍とある。昨日の日経平均は、2万385円だったから、

1株当たり利益 EPS =2万385円÷PER16.2倍 = 1258円
1株当たり純資産 BPS =2万385円÷PBR1.39倍 = 1万4665円

ということだ。そうすると今期の予想ROEは

1258円 ÷ 1万4665円 =8.6%

である。資本コストはいくらが適切だろう。イボットソン・アソシエイツの過去50年にわたる推計による(CAPMによる)と日本株のリスクプレミアムは6%。現在の10年国債利回りが約0.5%だから、6.5%というのが日経平均を評価する際の資本コストとして妥当ではないかと思う。

ちなみに、「伊藤レポート」は機関投資家の求める資本コストにはばらつきがあり、その平均は海外投資家で7.2%、国内投資家で6.3%という、ある調査結果を載せている。現在の世界的な低金利を考えれば、6.5%という資本コストの想定は、いろいろ考えて、それほど的外れな水準ではないだろう。

というわけで、これらの数字を式(2)に代入しよう。ROEと資本コストの差(これをエクイティスプレッドという)は、

8.6% - 6.5% = 2.1%

これを自己資本にかけると308円を得る。これを資本コスト6.5%で割ったものが残余利益の現在価値合計であり、自己資本に加味される株式価値(PBR1倍を超える部分)である。

308円 ÷ 6.5% = 4738円

これを自己資本に加えたものがトータルの株式価値であり、

1万4665円 + 4738円 = 1万9403円

となる。これは、ギリシャ懸念に上海株暴落が加わってショック安となった7月9日の寄り付きの値とほぼ同じである。日経予想の利益を用いた、かなり保守的なROEをもとにして算出した株式価値まで売られたが、やはりそれは行き過ぎだったということである。なぜか?いまや市場のアナリスト予想の平均であるクイック・コンセンサスをもとにした日経平均の予想EPSは1350円まで上方修正されているからである。これは6月末の1343円からわずか0.5%の上方修正ながら、その内訳は97銘柄の上方修正に対して67銘柄の下方修正がなされており、来週から始まる決算発表シーズンを前にアナリストが業績予想を見直した結果である。すなわち最新の情報がアップデートされ反映されているものだ。

この1350円のEPSをもとにすると今期の予想ROEは9.2%、資本コストとの差、エクイティスプレッドは2.7%となって、自己資本×2.7% = 396円を得る。これを資本コスト6.5%で割った残余利益の現在価値合計は6092円。

1万4665円 + 6092円 = 2万757円

これが最新の市場予想利益をもとにしたEBOモデルから導き出される日経平均についての理論株式価値と考える。

断っておくが、市場で形成される価格が、理論的な株式価値と一致しないことは日常茶飯事であり、むしろ一致することのほうが稀であるかもしれない。しかし、ここでもう一度、このレポートの冒頭部分に戻って、僕の描いた絵を眺めて欲しい。そして思い出して欲しいのだ。ファンダメンタルズと市場価格の乖離は何をもたらすのかを。「価値」と「価格」の差異は何を生むのであったかを。

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