チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。
広木 隆が投資戦略の考え方となる礎を執筆しているコラム広木隆の「新潮流」はこちらでお読みいただけます。
広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
収まらない市場の動揺 この先の展望は?
お断り:【マネックス証券入社5周年記念レポート】「光と波」PART2をお届けする予定でしたが、市場の動揺が収まらず、不安になられているお客様も多いことから、より「相場っぽい」ことを述べる内容に変更しました。
お断り2:【マネックス証券入社5周年記念レポート】「光と波」は、一見すると浮世離れしているようですが、実は相場の本質的なことを述べているので、本当はPART2を淡々と書いてもよかったかな、と思います。
お断り3:次のレポートは「私、中国の味方です - 中国経済崩壊論の浅薄さ」というタイトルで用意していますので、【マネックス証券入社5周年記念レポート】「光と波」PART2はさらにその後になります。どうぞご了承ください。
当面の底値に到達
結論から言うと、この辺りで一旦下げ止まるだろう。なぜか?根拠はない。勘である。ここで読者からいっせいに突っ込みが来る。「根拠はないだと?勘だと?それでプロか?そんなこと誰だって言えるよ!」
それは違う。誰だっては言えない。実際、世の中のエコノミストやストラテジスト、アナリストたちのコメントを見てみるがいい。根拠はないとか勘ですとか言っているひとは皆無だろう。誰でも何かしらもっともらしい「根拠」すなわち「理屈」をつけて相場を解説しようとするが、ここまで壊れた相場にどんな理屈を言ったって、意味はない。ここでの値段はあってないようなものだからだ。
仮に、市場価格は企業の実態価値を反映して決まるとしよう。それが正しいなら、わずか数日のうちに企業価値が何千円も吹き飛んでしまうものなのだろうか?1日のうちに何百円も企業価値が上がったり下がったりするものなのだろうか?無論、そんなことはないわけだから、この急変動の相場は企業価値(およびその先行きの変化)を反映したものではないということだ。ファンダメンタルズを反映しない相場に理屈はないということである。
市場が織り込んでいないリスクは何か
米国の雇用統計が発表されたが、利上げを巡る観測はなお迷走したままだ。しかし、米国の利上げ開始時期が9月か10月か12月か、あるいは年内にはないのか、というのは問題の本質ではない。中国景気とか米国の利上げとかは散々言われてきた<目に見えるリスク><手垢のついた材料>だ。それだけなら、株価の動くスピードは速いのですでに織り込んでいるはず。これだけ不安定な相場が続くということ自体、前回指摘した通り、市場がまだリスクを織り込み切れていないという証拠である。すなわち、「織り込んでいないリスク」がまだ別のところにあると考えたほうが無難である。
ようやく新興国のドル建て債務に対する懸念が指摘され始めたが、本丸は歴史的な水準に膨れ上がっている米国企業の債務が問題になるときではないかという気がしている。本当の危機はいつもバブルが弾けるところから始まる。今、何がバブルかと言えば、異例の金融緩和で膨らんだ債券バブル、すなわち債務のバブルだろう。そこに火がつくのは米国が利上げしたその後の話だ。本当の大底はまだ先にある。
G20の共同声明も却って将来の禍根の種になる気がする。それで各国の政策は縛れない。米国には米国の、中国には中国の、ユーロにはユーロの事情があり、それらをすり合わせて三方丸く収める最適解はない。今後、どこかが初めに動けば国際協調体制の破綻と映るだろう。
1987年のブラックマンデーの遠因となったのは金融政策を巡る米国とドイツの対立軸。ドル安是正を図りたい米国の意向を無視し、国内のインフレ抑制を優先したドイツの抜け駆け的な利上げによって、国際協調の軋みが浮き彫りになった。現在は米国と中国とユーロおよび新興国の思惑が絡み合う。一応、そのなかに日本も加えるとすれば、対立軸はマルチアングルとなって一層混沌を極める。今回の世界株安が、リーマンショックよりもブラックマンデーに類似していると言われる所以である。
急落のメカニズム - おさらい
先日紹介したジョージ・ソロスの「再帰性理論」は、投資家が投資行動をとった結果、証券価格が変動し、すると今度はその証券価格の変動が投資家の判断に影響するというものだった。投資家が売り買いするから価格が動くのではなく、価格の動きそのものが投資家の売り買いを促す。こうしたメカニズムをバブルの研究で名高いロバート・シラー教授は「フィードバック・ループ」と呼んでいる。
心理面だけでなくシステマティックな面からも、ファンダメンタルズに関係ない売りが出ている。ヘッジファンド、自己勘定取引、クオンツ戦略などのリスク管理の制約によるポジション調整である。ボラティリティの低い状況が長期に及んだため、市場の急激な動きにより推定リスク量が引き上げられ、エクスポージャを落とせという指令が出る。売りたくなくても強制的にリスク・ポジションを削減させられるわけだ。リスク管理というのは本来損を出さないようにするためのものだが、それがドミノ倒しになって余計に損失が膨らむという皮肉な結果である。これと同じことがブラックマンデーでも起きた。ポートフォリオインシュランスという一種のヘッジ機能が下げを広げたことは前回のレポートで述べた通りである。
こうしたメカニズムを投機筋は熟知している。「売り仕掛け」というのは、単に大量の売りを出せばよいというものではない。価格の動きが投資家の判断にもっとも影響を及ぼしそうな時、「フィードバック・ループ」が発生しやすい時を狙って仕掛ける。ボラティリティが上がってリスク管理の側面からリスク・ポジションをとれないような状況(=逆張りが入りにくい状況)であることも無論承知のうえである。(先週金曜日の急落は、雇用統計前で大半の投資家が動けないところを見透かした売り崩しであった。)
この先の展開
相場のことは相場に聞け、という。僕には底値固めに入っているような動きに見える。海外市場が安くても日本株は独自に自律反発する局面が何度かあった。相場の底というのは、こういう繰り返しでじわりと固まるものだろう。
この先の展開は読みづらいが、このあたりで底を打ち、遅くとも10月下旬から始まる4-9月期決算発表のころには2万円程度までは戻すだろう。ブラックマンデーの再来といわれた8月24日週の急落のあと初期反騰で1万9000円まで戻った。2万円回復は遠いという声があるが、真空地帯をすっと落ちた相場である。その程度までの戻りは可能だろう。繰り返すが企業価値や業績に対する評価が変わって下げた相場ではないのだから。
このあたりで底打ちと言ったものの、今週末のメジャーSQ、そして最大のイベント、来週のFOMCでの利上げの有無など波乱材料は目白押しだ。こうなるとFOMCに先駆けておこなわれる日銀の金融政策決定会合も気を抜けない。追加緩和がないとはいえない。なにしろ安倍政権最大の肝煎りである郵政上場はもう間近である。相場の自律反転に任せていて、万が一秋までこの調子が続けば当然のように上場延期となるだろう。政府から日銀にプレッシャーがかかることは想像に難くない。但し、G20共同声明の直後だけに最初に動いて掟破りの誹りは受けたくない。やはり米国の利上げを待ってからと考えるのが筋か。
10月下旬から始まる4-9月期決算発表で戻すと考えるのは、そこで発表される上場企業の業績が堅調だということが明らかになるからである。これだけファンダメンタルズ無視で売られた相場でも、肝心の業績が揺らいでしまえば割安でもなんでもない。前回も述べた通り、基本は業績がブレていないことを確認することに尽きる。
業績見通しは下振れしていない
企業アナリストの上方修正・下方修正の比率をもとに計算するリビジョン・インデックスを見ると、ずっと右肩上がりで推移している。これだけ中国景気の減速だ、新興国の悪化だ、世界景気不安だ、と大騒ぎし株価が急落している最中、個別企業をカバーしているアナリストたちは業績見通しを引き上げているのである。
資源エネルギーや鉄鋼・非鉄、機械、商社などは当然のように下方修正されている。しかし、それらを相殺して東証1部全体では上方修正のほうが多い。結果として予想経常利益の総額は若干増加している。ひとりやふたりのアナリストが間違えても全体の平均であるコンセンサス予想は大きく外れない。中間決算では企業業績の堅調さを確認することになるだろう。
無論、この先、リーマンショックのようなことが起きて業績予想が吹き飛んでしまえば元も子もないが、そんなことは予想不可能だから、この場で云々してもしようがない。ブラックスワンを恐れるなら、タレブのように85%を安全資産にして、残りでレバレッジをかけたオプションを買うという戦略に徹したほうがいい。
少なくとも10月下旬から始まる4-9月期決算発表までに、そうしたリーマンショック級の危機が来るとは思わないから、いま見えている(予想されている)業績予想が出てくる。一旦、そこで戻すだろう。相場が二番底を探りにいくのはそれからではないか。
なぜ10月下旬の4-9月期決算発表までに、リーマンショック級の危機が来ないと考えるか?根拠はない。勘である。
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