ストラテジーレポート

チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。

広木 隆が投資戦略の考え方となる礎を執筆しているコラム広木隆の「新潮流」はこちらでお読みいただけます。

広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

ようやく底打ち確認 市場の誤謬性について

前回のレポートが9月24日付けだから、丸2週間レポートを書いていなかった。ずいぶんと更新間隔が空いてしまったものである。先週はベトナムに行って、生春巻きやフォーを食べたりしていたものだから、レポートどころではなかったのだ。どうせ相場も変わるまいと思っていた。言いたいことは、前回のレポートのタイトルに付した。「引き続き弱気心理が支配する市場 いつになったら現実に目を向けるのか」 
不安心理だけが先行し、実態から離れた水準で株価が取引されていると感じていた。端的に言えば相場が間違っているということだけど、こんなことを書くと最近になって僕のレポートを読み始めた読者の一部は、「なにを言うか!市場が常に正しいというのが投資の基本だろう!」とお怒りになるかもしれない。これについてはさんざん書いてきているので、いまさら議論を繰り返すことはしないけれど、ちなみにジョージ・ソロスは、こんなことを言っている。

<「市場は常に間違っている」というのは私の強い信念である。市場参加者の価値判断は常に偏っており、支配的なバイアスは価格に影響を与える。>
(ジョージ・ソロス)

どうせしばらく相場も変わらないだろう、と思っていたら、少し変わる兆しが出てきたので、こうしてレポートを更新している次第である。今日のポイントは「変わる兆し」と「市場の間違い、再び」である。

「変わる兆し」というのは米国株相場の底打ちが鮮明になった点である。
前回のレポートで、「半値戻し未達で再度底値模索」と書いたS&P500は2000ポイントの大台を回復し、ついに半値戻し達成である。この先、時間はかかるだろうが、「半値戻しは全値戻し」の格言を地でいくような展開となるだろう。S&P500のチャートを見るとダブル・ボトムを形成し、25日線、50日線をクリア。一目均衡表の雲を上に抜けた。

これで過度な不安が後退し、リスクオンの兆しが復活した。つまり、かねてから主張している通り、相場の値動き自体が投資家センチメントに影響を与えている。ジョージ・ソロスの「再帰性理論」だ。投資家センチメントが改善したから、米国株が底を打ったのではない。米国株が底を打った(ように見える)から、投資家センチメントが改善したのである。

なぜなら、市場の大部分はまだ弱気が太宗を占め、前回のレポートのタイトル「いつになったら現実に目を向けるのか」は撤回するに至っていない。

「市場の間違い、再び」というのは、この米国株反発の理由を、先日発表された雇用統計が不調だったことでFRBの利上げが遠のくことを好感したものである、とするものだ。市場の間違いというよりは、市場参加者による誤った解釈、というほうが正しい。うん、確かに「市場は正しい」。間違っているのは「評論家」である。

米労働省が2日付けで発表した9月の米雇用統計で非農業部門雇用者数は14万2千人増となり、20万人程度の増加を見込んだ市場予想を大幅に下回るものとなった。雇用者数の伸びは7、8月ともに下方修正され、それぞれ22万3千人、13万6千人となった。2015年1月から9月までの月間平均の増加数も19万8千人と、好調の目安とする20万人を下回った。

これによって市場ではFRBの年内利上げ観測が後退した、とされるが、果たして本当だろうか。米国10年債利回りは雇用統計発表直後に急低下したが、その後切り返し、すでに雇用統計発表前の水準に戻っている。10年債利回りは、まるで2%が鉄板ともいうようなチャートを示している。米国の雇用統計悪化に加えてIMFの世界経済見通しの下方修正など、世界景気減速を懸念させるニュースが相次いでも、2%を下回らない。

世界でもっとも効率的な市場(すなわちミスプライスが相対的に少ない市場)とされる米国の債券市場の動向は信頼に足る。うがった見方をすれば、年内どころかずっと先まで利上げが遠のく、すなわち利上げで米国景気が失速するのは先になる、よって長期金利は低下しない、という解釈だってできるかもしれない。しかし、もっとシンプルに考えれば、債券市場はそれほど景気が悪いとは考えていないということだろう。

実際、9月の雇用統計は悪くない。悪くないどころか労働市場の着実な改善を示すものだと思われる。
ものごとにはすべて2つの面がある、というのは僕の口癖である。雇用者数が伸びなかった。どうしてだろう?普通に思い浮かぶのは雇用の需要が弱いから、という理由。もうひとつ、理由が考えられる。雇いたいのに人が集まらないから雇えない。あるいは希望に沿うようなひとが雇えない。雇用のミスマッチである。

失業率は5.1%と前回から横ばいだったが、もっと細かく小数点第3位までみれば5.051%へとさらに低下した。米国で失業率5%は完全雇用とされる水準だ。昨日発表された新規失業保険週間申請件数は1万3000件減の26万3000件で、7月中旬以来の低水準となった。これは1973年以来42年ぶりの低い水準に近いレベルである。もしかすると、米国の労働市場はパンパンに逼迫している可能性がある。

雇用統計に戻ると、広義の失業率であるU6(*注)失業率は一気に0.3%も低下して10.0%と2008年以来最低となっている。


*U6失業率は「part-time workers(正社員になりたいがパートタイム就業しかできない人)、marginally attached workers(縁辺労働者:現在は職を探していないが以前就職活動し働く用意のある人)、discourage workers(職探しを完全に諦めた人)」等を含むより広義の失業率である。

こういうと語弊があるが、ちゃんとしたひとを雇おうにも、企業が希望する賃金では雇えない。だから、「より弱い立場のひと」の雇用が一気に進んだのだろう。そうであるならば、雇用が弱い証拠として指摘される賃金の上昇率が鈍いことも説明がつく。こうした周辺労働力もやがて雇用し尽くしてしまえば、企業は賃金を上げないと雇用ができない状況になるだろう。

今、世界のあちらこちらで起きているのは、景況感の悪化である。それは「感」、すなわちマインドの悪化であり、気持ちの問題である。アナリストの下方修正もその一環である。「景況感」が悪化しているから、業績の「見通し」を下方修正しているのであって、実際に企業の業績が下ぶれしているわけではない。

<「市場は常に間違っている」というのは私の強い信念である>というジョージ・ソロスの言葉には続きがある。
<私が確かに人より優れている点は、私が間違いを認められるところです。それが私の成功の秘密なのです>。
市場が間違いに気づき、それを修正にかかる前に、そのミスプライスを獲りにいくのが成功の鍵だろう。

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