チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。
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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
外国人はすでに売りにまわっている アベノミクス相場終焉の予兆
いわゆる「需給分析」というものが好きではない。海外のヘッジファンドの決算に絡む売りが出たとか、GPIFのアロケーション変更による買い余力があといくらだとか、その手の話である。誰が(どこのどういう売買主体が)いついくら買ったとか売ったとかは基本的にわからないものである(もしもその情報が公に伝わるなら介在者=エージェントが守秘義務に反している)。
この手の情報は憶測が多くを占めるが、それにしても「買った」とか「売った」とか過去の投資行動に関するものであることに変わりない。われわれにとって本当に重要なのは、そうした投資主体が「買った」とか「売った」という過去の事実ではなく、「これから買うのか売るのか」という将来の投資行動に関する情報である。そして当然のようにそうした情報は過去の売買記録からはわかるわけがない。但し、ごく稀に例外がある。
先週の木曜日、東京証券取引所が発表した投資部門別売買動向(東京・名古屋2市場、1部、2部と新興企業向け市場合計)によると、2015年は海外勢が日本株を2509億円売り越した。年間を通じて売り越しとなるのはリーマンショックが起きた08年以来7年ぶり。その前はいつかと言えば、2000年のITバブル崩壊の年だ。その前は1998年の日本版金融危機、そしてその前が1990年、未曽有の80年代バブルがはじけた年である。
過去四半世紀で外国人が日本株を売り越した4回の例をみるとバブル崩壊、金融危機などいずれも大きな売り要因があった。外国人は売るべくして売り越したわけだ。では昨年は何が大きな売り要因だったか?無論、8月~9月にかけてのチャイナショックによる相場急落は外国人の大量売りがもたらしたものだ。9月月間の売り越し額は統計開始以来過去最高を記録した。8月からの売り越しは8週連続で累計額は7兆円近くにのぼった。
再三指摘していることだが、中国絡みの経済的事象そのものは「ショック」というほどのものではない。中国製造業PMIの悪化、上海株式市場の急落、人民元の切り下げ - 別に驚くような話ではない。だから株式市場の過剰なまでの反応が解せなかったし、いまもまだ解せないままだ。ひとつの仮説は、相場の下地に大きな不透明要因がある時は「目に見えるイベント」に対して過剰反応しやすいということだろう。昨年夏のケースでは、米国の金融政策を巡る不透明感が大きなリスクとして背景にあったし、今年年初のケースではサウジアラビアとイランの国交断絶に象徴される中東情勢の混迷、北朝鮮の核実験など地政学リスクへの警戒感が再度浮上してきたことが挙げられる。
話を外国人の日本株売買に戻すと、昨年の売り越しの理由が「チャイナショック」というのは、リーマンショックの2008年をはじめとする過去4回のケースに比べて、明らかにインパクトに欠ける材料だ。ここまでは、過去四半世紀に限ってリーマンショックの2008年等過去4回のケースを見たが、もう一年遡った1989年も外国人は売り越している。89年と言えば日経平均が3万8915円の史上最高値をつけた年。つまり外国人は悪材料で売るだけでなく、相場の高値でも売り抜けるということである。チャイナショックにばかり目を奪われがちだが昨年は日経平均が15年ぶりに2万円を回復するなど「○年ぶりの上昇」という記録に沸いた。外国人の利益確定売りも出て当然であったろう。
外国人が年間で売り越したのは昨年が7年ぶりだが、実は買いの勢いは既に2014年から鈍っていた。アベノミクス相場の実質1年目に当たる2013年こそ15兆円という記録的な買い越しだったものの、2014年には買い越し額が大幅にダウンした。というか、欧米勢に至ってはほとんど買い越しておらず、ほぼアジアからの一手買いでなんとか1兆円の買い越しを保った格好だ。外国人が本腰を入れて買ってきたのは2013年だけだったのだ。だからこそ2013年の株式相場は記録的な大相場になったが、14年から相場は既に息切れが目立った。そして2015年になると外国人はトータルで売り越しとなった。
外国人の売買で注目を集めたのがオイルマネーの動向だ。確かに、産油国の取引を扱う比率の高い欧州経由の売りは9月に月間で過去最大を記録した。原油価格の下落が続くなかで、サウジアラビアなど産油国が資金捻出のために日本株を売却したとみられている。しかし、年間を通じて最も売り越しが大きかったのは北米の投資家である。オイルマネーの解約売りだけでなく、幅広い投資主体からまんべんなく売りが出ていたようだ。
2015年を通してみれば、外国人の売り越し額は2500億円余り。いくら夏場の急落を主導した売り越しが記録的だったとは言え、年前半6月までは2兆6500億円強を買い越し、日経平均の2万円台回復をけん引したのだ。買った分を打ち返して売っただけ。たかが2500億円余りの売り越しは、ほとんど「チャラ」である。2013年に15兆円も買い越したことを考えれば、本格的な売りが出るとすれば、これからではないか。
前回のレポートで述べた2016年相場見通しのポイントをひとことで言えば、アベノミクス相場の賞味期限切れ。異次元緩和もコーポレートガバナンス革命も「期待」を買う(買わせる)政策だが、その成果達成にはほど遠く、今年は現実を直視せざるを得なくなる。年後半は売りに押されて5年ぶりのマイナスリターンになるだろうと予測した。2015年に外国人が日本株を売り越したのは、アベノミクス相場が賞味期限切れになってきていることの証拠であろうと思われる。
年初から波乱の幕開けという展開になっているが、相場はやがて落ち着きを取り戻し、春ごろには昨年来の高値に並ぶまで上昇するだろう。しかし、高値では外国人の売りに頭を抑えられるだろう。過去2年、相場を支えた国内投資家=事業法人と信託銀行(経由の年金)の買いが続くかが焦点である。それがうまくいかなかった場合、完全にこの相場は終わりである。事業法人の買いとはすなわち自社株買いであり、信託銀行経由の年金の買いはGPIFなど「鯨」の資産配分変更を反映してのものだ。いずれにせよ、アベノミクスの「官製相場」における買い要因によるものだ。それでも効かずに相場が下がるとなれば、いよいよ「アベノミクス相場」という「官製相場」に幕が引かれることとなるだろう。
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