ストラテジーレポート

チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。

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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

リスクは定義できればリスクではなくなる


この言葉が好きで、これまでも度々使っているが、出所がわからない。ずいぶん昔に、どこかで読んだこの言葉を手帳に書きつけていた(僕は超メモ魔である)。読者のなかにご存じの方がいたら、教えてもらえませんか?

リスクは、定義できればリスク -危険という意味のリスク - ではなくなる。少なくともフランク・ナイトの定義による「不確実性」ではない。確率論としての、起こり得る事象の散らばり方という意味での「リスク」なら、別に怖くない。

前回のレポート「底値は確認した」で述べた通り、日本株相場は、想定される悪材料をほぼ織り込んだから自律反発したのだ。底はすでに打った。しかし、あまりにも弱い日本株のことだ、戻りも迫力に欠けるのでは?と思い、上値抵抗ラインで跳ね返されるかもしれないと警戒していた。ところが先週、日経平均は一目均衡表の雲の中に入って25日や75日の移動平均を上回る上昇を演じた。

このまま1万7000円台を目指す展開かとも思われた矢先、昨日の大幅安で一気にムードが暗くなった。為替介入否定ともとれるG20での日米財務相の不協和音、原油増産凍結合意見送りを受けた原油先物相場の急落、熊本の震災被害の拡大、そしてそれらを受けた円高の再燃...何重もの悪材料が日本株に重石となって、日経平均は572円安と再び暴落に見舞われた。

ところが、である。昨日の米国株式市場でダウ平均が106ドル高と反発。昨年7月以来およそ9カ月ぶりの高値を付け、節目の1万8000ドル台を回復して引けた。原油増産凍結合意見送りを受けて原油先物相場が急落したにもかかわらず、である。もっとも一時37ドル台まで売られた原油が下げ渋り、下げ幅を縮小したからこそ、米国株も買いが優勢になった面はある。要するに、これまで悪材料のひとつだった原油価格もこれ以上はそう下がらないと見切ったのだろう。

朝のテレビのニュース番組に原油の専門家が登場し、「35ドル台まで下げを見込む市場参加者が多い」と述べていた。僕は思った。どうしてそんなことがわかるのだろう?と。原油を取引する市場参加者にアンケート調査でもしたのだろうか?彼は一介のトレーダーである。原油相場にかかわってこの道20年というベテラン・トレーダーだという。なるほど、商品先物の業者らしく、自分勝手な思い込みを公言して憚らないわけだ。一番笑ったコメントは、「増産凍結合意に至らなかったことで、ヘッジファンドは売りを仕掛けてくる」というものだ。

原油先物などという商品市況は(実需のヘッジ取引を除いて)ほとんど投機の世界。だから、そのような思惑で売買するトレーダーがいたとしても - しかも多くいたとしても - 不思議ではない。しかし、相場を左右するのは、トレーダーの数ではなく、資金量である。そして、誰がこの相場において支配的な地位を占めるかと言えば、CTAである。今や株式や為替のマーケットでさえその存在感が際立つようになったCTAは、文字通り、Commodity Trading Advisor (商品先物投資顧問業者)であるのだから、株や為替から比べればはるかに市場規模の小さな商品先物のマーケットにおいては圧倒的な存在である。

資産残高300億ドル超のウィントン・キャピタル、180億ドルを運用するマンAHLなどを筆頭に、CTAの資金量は約3500億ドルに達する。そして、こうしたCTAの運用はトレンド・フォロー戦略を基本とする完全なモデル・ドリヴンである。モデル=コンピュータだから、「増産凍結合意見送りで売り仕掛け」なんてしないのである。スイスのヘッジファンド大手GAMのCTAモデルのひとつには、モデルにエコノミストの判断を加味するというのがあったように記憶しているが、あくまで例外であろう。そのような運用の残高は多くない。

WTI原油先物も典型的なダブル・ボトムの底打ちからの反転上昇トレンドが途切れていない。増産凍結合意見送りで急落してもトレンドライン目いっぱいまで下ひげを引いて切り返した。このトレンドが崩れない限りCTAが売りに回ることはない。逆に言えば、このトレンドラインを切るような形の下落がこの先、示現したらトレンドが転換するリスクに備えるべきだろう。

ダブル・ボトムといえば、3月22日付レポートでダウ平均のチャートの形状について、シンメトリー(対称)、典型的なミラー(鏡)チャートだと述べた。昨年夏、そして年末年初からの2回の急落ともダブル・ボトムをつけて切り返したが、俯瞰してみれば昨年夏と今回の2回の急落・反騰が大きなダブル・ボトム形成になっていると指摘した(指摘したというほどのことではない。見た通り、そのままである)。


問題は、それが何を意味するのか、ということだ。昨年夏を起点としてシンメトリー(対称)であるということは、全部戻したということだ(見た通り、そのままである)。つまり、チャイナショックだの原油安だのFRBの利上げだの、いろいろ諸々のことを全部消化した、ということである。それが米国企業の決算発表の最中に、しかも3四半期連続減益となろうかという悪い決算発表の最中に全値戻しを達成したというところが興味深い。前回のレポートで書いた通り、ここが米国企業の業績のボトムになるという見方が広がっていることの表れだろう。

原油や米国株など海外環境は良いとして、日本固有の悪材料はどうか?最たるものは円高だが、これもピークを越えたと思う。これまで述べてきたように為替の最大の要因はインフレ格差であり、最近の急速な円高をもたらしたものは、米国のインフレ期待の高まりと日本がデフレに逆戻りした感が強まったことの相乗効果であった。日本はデフレ脱却に向けて再度、仕切り直しがこれから必要だが、すくなくとももう一方の米国のインフレ期待の急騰は一服している。ファンダメンタルズ的には円高圧力は薄らいでいる。

需給面はどうか。シカゴIMM通貨先物の投機筋のポジションが年初から買い越しに転じたことが注目されてきた。米商品先物取引委員会(CFTC)が15日発表した12日時点の建玉報告によると、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の通貨先物市場で投機筋(非商業部門)による円の買越幅は過去最大に拡大した。2008年3月につけた円買い越しの過去最高水準を上回り、データが取得可能な1986年以降の最高を記録した。2008年3月といえば、リーマン破綻の先駆けとなったベアスターンズが破綻した時期だ。リスクオフ地合いが強まり、前年の120円台から100円の大台を割り込むまで一気に円高が加速した。それを上回るポジションまで直近の円買いは積み上がっている。もうここから先、さらに積み上げるには限度があるだろう。信用残と同じで今後の反対売買の圧力がそれだけ大きいということである。

為替について最後にG20での不協和音に触れておこう。米国のルー財務長官は「円相場の動きは秩序的」と表明して日本の為替介入をけん制した。これで日本の為替介入はなくなり円高懸念が再燃か、とメディアはこぞって報じたが、そもそも為替介入で為替相場のトレンドを規定できるとは誰も思っていない。

では金融政策での円安誘導はどうか。通貨安競争回避というのはG20のコミットメントであり、今回の声明でも改めて確認された。但し、それは「精神論」に近い。以下は財務省HPに掲載されたG20声明文(仮訳)からの抜粋である。

<我々は、いくつかの国では、中央銀行のマンデートと整合的に、現在の経済状況が緩和的な金融政策を必要としていることに合意する。この観点から、我々は、中央銀行が適切な金融政策行動を採ることを歓迎する。ECBが採った最近の政策決定は、物価安定のマンデートを果たすことを目的としており、ユーロ圏の回復を更に支援する。我々はまた、成長見通しがより強固ないくつかの先進国において、金融政策の正常化を許容する状況に近づきつつあることに留意する。金融政策の在り方が一様でなく、金融市場の変動が高まる環境下において、金融政策の在り方は、負の波及効果を最小化するために、注意深く測定され、明確にコミュニケーションが行われるべきである。>

つまり、金融政策の在り方は一様でない、と認めている。各国各地域にふさわしい適切な政策がある。それはある意味当たり前のことである。楠木建先生ではないが、「好きなようにしてください」というわけだ。日銀は今月末の決定会合で展望レポートの見通しを下方修正するとともに追加緩和に踏み切ると思う。

最後に熊本の震災について。被害は甚大である。しかし、企業は早くも復興に向けて動き始めている。そして、こうなれば消費増税は先送りされることは確実だと思われる。復興に向けた財政出動が加速する。2次補正予算も組まれるだろう。財源はどうするか?国債を増発すればいい。こんな状況で財政再建もへったくれもない。日銀の買い入れで国債市場の流動性が枯渇している状況の改善につながってむしろ結構な話ではないか。日本の国債が格下げされるリスクは?格下げされて円が売られてくれるなら、なおさら結構だ。国債の格下げで日本の金融機関の調達コストが上がる?たいした話ではない。

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