ストラテジーレポート

チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。

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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

日本株急騰の理由:限りなくヘリマネに近い政策期待

参院選と失われた3年間 

参院選から一夜明けた11日の東京株式市場は全面高の展開となった。日経平均は601円高と今年4番目の上げ幅を記録。上げ幅は一時、700円を超え日経平均は1万5800円台をつける場面もあった。前週末に発表された米国雇用統計を受けた米国株の上昇も追い風になった面もあっただろう。しかし、雇用統計の解釈には諸説あり、米国経済と米利上げの行方についてはコンセンサスが得られていない。

非農業部門の雇用者数は28万7000人と市場予測(17万人)を大幅に上回り、5月から急速に改善した。一方、過去2ヵ月分の雇用者数は合計0.6万人の下方修正となった(4月分は前月比12.3万人増から14.4 万人増に上方修正されたが、5月分は3.8万人増から1.1万人増に下方修正)。この結果、4月~6月までの3ヵ月間平均の雇用者の増加数は14.7万人となった。水準はともかく、これだけ変動が大きいと、これまでのトレンドに何か変調をきたしてきていると考えるのが普通ではないか。例えば、5月が1.1万人増というのは、ほとんど伸びていないも同然で、この先、前月比マイナス、雇用が減少に転じる月があってもおかしくはない。だからNYの株は上がったが、利上げ観測の高まりの鈍さを受けて為替はむしろ円高気味だった。

この外部環境で、寄り付きから日本株が急伸したのは、ほとんど参院選での与党圧勝を好感してのものと考えられる。しかし市場は何を期待しているのだろうか。参院選でアベノミクスが信任されたというが、そのアベノミクスはこれまでどんな成果があったのだろうか。

時価総額の大きい主力株で構成するTOPIXコア30は8日には、2013年6月14日以来、約3年ぶりの安値水準を付けた。5月の消費者物価コア指数(除く生鮮食品)は前年比0.4%下落で異次元緩和のあった13年4月と同水準。実勢のインフレ率もデフレ脱却から程遠いが期待インフレ率も低下している。内閣府の6月消費動向調査で1年後に物価が2%以上上がると見る消費者の割合は36.1%に低下。13年4月以降最低で家計のインフレ期待は異次元緩和前に戻ってしまった。円が日本の主要な貿易相手国の通貨に対して、どの程度強くなっているかを示す名目実効為替レートも異次元緩和前の円高水準に逆戻り。街角景気(景気ウォッチャー調査)に至っては異次元緩和と言う以前に、安倍政権発足前の2012年11月以来の低水準にまで下がってしまった。

アベノミクスのギアチェンジを期待する市場

前回の参院選から3年経つがこの間、アベノミクスの成果は株価にも物価にも景気指標にも表れていない。と、すれば株式市場急騰の理由は、これまでと同じ路線の「アベノミクス継続」期待ではないはずだ。アベノミクスの加速と安倍首相は言うが、どこまでアクセルを踏み込めるのか。市場の期待は一部、ヘリコプター・マネーの実施にまで及んでいるように思われる。

今朝のメールマガジンで配信した「今週の相場展望」の冒頭でこう述べた。
<非常に不思議なのは、FRB前議長のベン・バーナンキ氏と安倍首相・黒田日銀総裁との会談がまったく材料視されていないことである。先週、ロイター通信が伝え、その後、複数の日本の通信社・新聞社もロイター記事の再配信という形だが報じているので誤報ということではないだろう。11日に黒田総裁、12日に安倍首相と会う方向で調整が進んでいるという。バーナンキ氏と言えば、「ヘリコプター・ベン」の異名をとるくらい、ヘリコプター・マネーに詳しい学者である。かつて日本のデフレ脱却の処方箋としてヘリコプター・マネーの実施を提唱したことで知られる。もしも、安倍首相や黒田日銀総裁の口から、「バーナンキ氏とヘリマネの議論をした」という言葉が出るだけで、円安・株高に振れるだろう。今週の最大の注目点だと思う。>

日経平均は268円高で寄りついた直後に1万5500円台を回復するとその後はじり高で推移した。しかし、ドル円は昼過ぎまでまったく動かなかった。日経平均が上げ足を速めたのは為替が円安に振れ始めた後場からだった。昼に何があったのか。ロイターが、「バーナンキ前FRB議長、日銀を訪問」との速報を流したのは英語版が13:03、日本語が13:05である。急速に円安が進み始めた時間とぴったり一致している。

明らかに市場は、ヘリマネを意識しているのだろう。ヘリマネとは何か。若田部昌澄・早稲田大学教授によれば、

<貨幣を増やし、増えた貨幣が恒久的に残る。ヘリマネの定義はこれにつきるでしょう。実行する方法は、政府が直接貨幣を発行する政府貨幣、政府債務を貨幣発行によって償還する債務マネタイゼーション、財政支出の金融政策によるファイナンス、中央銀行が家計に直接貨幣を渡すなど様々な形態が考えられます。>(日経新聞「やさしい経済学『ヘリコプターマネーとは何か』」)

安倍首相は記者会見で、「未来の成長につながる分野に大胆に行使したい」「現在のゼロ金利環境を最大限に生かし、財政投融資を積極的に活用する」などと述べた。具体的にはリニア中央新幹線の全線開業を最大8年間前倒しや地方創生することなど挙げた。給付型の奨学金制度については「具体的に検討を進める」とした。これから形はともあれ、とにかくカネがばらまかれるということだ。明日の閣僚懇談会で経済対策の策定指示が出される。融資などを含めた事業規模は10兆円超の大型となる。政府は公共事業などに使途を限定する建設国債を2012年以来4年ぶりに発行して財源を調達する。赤字国債を追加発行するかどうかは必要経費を見極めて判断すると報じられているが、おそらく出すだろう。そのための布石が今日・明日のバーナンキ会談だろうと思う。否、僕がどう思うか、ではなく市場ではそのような思惑が高まるだろう。

限りなくヘリマネに近い大胆な政策。それこそが、アベノミクスのギアチェンジであろう。市場はそれを織り込みにいく。経済対策は8月上旬までにまとめられ、9月に対策の裏付けとなる補正予算案が臨時国会に提出される。追加緩和観測が高まっている日銀の金融政策決定会合は7月28日-29日だ。財政・金融面での政策期待が高まる今月末に向けて株価は堅調に推移すると考える。

7月末から8月上旬は絶好の売り場となるだろう。このチャンスを逃さないようにしたい。

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