チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。
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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
トランプ・リスクの後退 = リスクプレミアムの低下 = 株高の背景
トランプ人気の急落
昨日の米国株式市場でダウ平均、S&P500、ナスダック総合の主要3指数ともそろって史上最高値を更新した。原油高、小売り決算の好調など米国株高の要因はいくつかある。もっと言えば、2カ月連続で良い数字となった雇用統計で米国景気に対する明るい見方が増えたことが大きな背景だろう。しかし、雇用統計では堅調な賃金の伸びも確認されており、年内利上げの確度は高まっている。実際に、直近のCME FEDウォッチの12月利上げの確率は50%超にまで上昇している。こうした状況はむしろ米国株の重石となってもおかしくはない。
では何がこの株高の背景か?僕は、トランプ・リスクの後退ではないかと思う。政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した世論調査によるとトランプ氏の支持率は8月に入って急低下。10日時点ではクリントン氏48・0%に対し、トランプ氏は40・3%と7ポイント以上の差がついている。
7月末の米兵遺族への攻撃で支持率が急落したトランプ氏は、9日の演説でヒラリーの「暗殺を示唆した」と報じられた。さらにトランプ氏はオバマ大統領とヒラリーがISISの創始者と発言した。かねてから暴言で注目を集めてきたトランプ氏だが、さすがに最近の言動は看過できないレベルに達しており、身内の共和党からも批判が噴出している。
政治は水物だからまだ何が起こるかわからないが、今回の一連の発言はトランプ氏にとって致命傷となった感がある。特に戦没軍人及びその遺族への批判はまずかった。米国政治では軍人や遺族は尊敬の対象であり批判はしないという不文律がある。そして何より軍関係者は共和党の重要な支持基盤のひとつである。
僕は米国の政治アナリストではないが、これは外野の素人目から見ても、クリントン陣営の術中にはまったか、あるいは共和党内部からの「トランプ降ろし」勢力にしてやられた構図だ。いずれにせよ、これまではトランプ氏の「素人政治家」ぶりがうまく人気に結び付いてきたが、ここにきてその「素人さ」が仇になったようである。
リスクプレミアムの低下
今年、最大のリスクは英国の国民投票と米大統領選であった。英国国民投票はEU離脱を選択し、一時的に市場は混乱したが、その後落ち着きを取り戻している。BREXITショックはあったが、市場はとりあえず消化した。あとは時間をかけて見守ろうという雰囲気になっている。
こうなると残る最大のリスクイベントは米大統領選であり、そこでの「ブラックスワン」はトランプ大統領の誕生だが、その目は相当薄くなったと言えるだろう。
市場はその辺りの空気を敏感に察していると思う。
冒頭述べた通り、雇用統計の改善は米国の年内利上げの可能性を高めるため米国株にとって単純に好材料とはなり得ない。当初5%程度の減益と見られていた米国企業の4-6月期決算は、ほぼ一巡した現在では2.6%減と減益幅が半分に縮まった。とは、言え、企業業績の伸びが力強さを欠いていることには変わりない。
株価を決める要因が、企業業績と割引率だとすれば、業績にも金利にも変化があまりないなか、株価上昇要因として考えられるのは金利とともに割引率を構成するリスクプレミアムの低下であろう。
S&P500のPERの逆数(益回り)から米10年債利回りを引いたものを、S&P500の株式リスクプレミアムと定義して、クリントン氏とトランプ氏の支持率の差(「クリントン氏の支持率」マイナス「トランプ氏の支持率」)と比べると、きれいな逆相関が認められる。
トランプ氏の人気が高まることを、株式市場は「リスク」と認識してきたのである。トランプ人気が高まると、株式市場は予想利益を現在価値に割り引く金利に、より高いプレミアムを上乗せすることを要求してきた。つまり、それだけ大きく利益を割り引いて、株価を過小評価することで、株価にリスクを織り込ませてきたのである。
だとすればトランプ氏の支持率の低下は、リスクプレミアムの低下要因になる。業績や金利環境に変化がなくてもリスクプレミアムが低下すれば株価は上昇する。それが世界的なリスクオン相場の素地ではないか。日本株にとってももちろん好材料である。
悪材料の減少
前回のレポートで述べた通り、日本株はリターン・リバーサルの動きが顕著だ。ドル円が依然として102円程度の水準であっても、この程度の円高なら大丈夫と織り込んだ感があり、為替感応度の高い株の買い戻しが進んでいる。
為替感応度のファクターリターンを見ると、円高進行に伴って年初からずっとマイナス効果だった(為替感応度の高い株が売られたことを示す)。それが、7月中旬に一時的に円安に振れたあと、再び円高に戻っても、為替感応度のファクターリターンはプラス効果を維持している。これは円高であっても為替感応度の高い銘柄が買われていることを示している。これまでの内需ディフェンシブ一辺倒の物色からグローバル景気敏感株へも買いが入るようになった。出遅れていた割安株が物色されている。そうかと思うと、今日は決算を受けて内需が息を吹き返している。マザーズのバイオ関連も買われている。だからと言って、グローバル景気敏感が売られているわけではない。良い循環物色が始まっている。
利益確定売りを入れながら、基調としてはこのまま月末のジャクソンホールでのイエレンFRB議長講演まで堅調相場が続きそうだ。ジャクソンホールで年内利上げを示唆するコメントがあればドル高へ為替は修正し始めるだろう。その時点では日経平均は17400円(EPS1200円×PER14.5倍)程度が期待できると考える。
僕は7月の日銀の決定会合と8月初めの経済対策の閣議決定で「政策期待相場」は終了、一旦手仕舞って夏休み、と提唱した。その通りに、先週は日経平均は一時1万6000円の大台を割り込んだ。そこが「政策期待相場」終了に伴う調整のボトムとなったようだ。そこから気が付けば1000円近く上げてきた。日銀のETF買い入れによる下値不安の後退が背景とされる。もちろん、それもひとつの材料だが、もっと大きな要因を認識するべきだろう。
トランプ・リスクの低下、円高による業績悪化懸念の織り込み、ドル円相場もダブル・ボトムを形成しつつあること。9月の金融政策期待。日本株を取り巻く投資環境は、悪材料がほとんど見当たらないことに気付くだろう。
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