チーフ・アナリスト大槻 奈那が、金融市場でのさまざまな出来事を女性目線で発信します。
第48回 AI音声の発達と「孤独という伝染病」への処方箋
今月、グーグルの新たなAI機能 「Duplex」が、人間に代わってレストラン予約などを行う実地試験を開始します。5月のデモでは、AIの音声が、美容院の店員を相手に、予約の日程調整を見事にこなしました。この店員は、その後半年間、電話口の相手がAIだったと気づきませんでした。YouTubeにアップされている自然な会話の様子は、背筋が寒くなるレベルです。
これはなにげなく快挙です。難関と言われた音声認識の「チューリング・テスト」を事実上パスしているためです。
チューリング・テストとは、「電話等の相手がAIだと気がつかずに人間との会話が成立したら、真のAIである」という基準です。コンピュータの基礎理論を作り、「イミテーションゲーム」という映画の題材にもなったアラン・チューリング博士が1950年に提案したものです。
このチューリング・テストは、2014年に、史上初の合格が出たと話題になりました。が、この時は、AIと気づかなかった審査員は33%にすぎず、かつ審査プロセスに疑義も生じました。ところが、今回のDuplexのAIは、日々顧客対応をしているプロが全く気づかず、デモ会場のギークたちの喝采を浴びたというレベルです。
日本語の世界ではどうでしょうか。公開されている音声を聞く限り、まだ若干違和感がある印象です。しかし、現在、金融機関で進められている様々な試作が実用化されれば、今は薄利とされるリテール分野を稼ぎ頭に押し上げるかもしれません。例えばAI化を進めるシンガポールの最大手行DBSでは、経費率が7年で4割近く改善しています。
更に、音声技術には、もっと広い社会貢献が期待されます。昨年、米国の心理学会が「孤独という病は伝染し、多くの病気を発症させる」と発表し、衝撃を与えました。一方、日本では、2030年までに、都内の単身世帯が45.2%と半数近くにまで上昇します。日本で蔓延が懸念される"孤独病"を、こうした音声技術で少しでも癒すことができれば、社会保障面でも大きな意味を持つことになるでしょう。
2014年に、女性の声のAIアシストに男性が恋をするという「her(世界でひとつだけの彼女)」という映画が公開されました。さすがにそこまでには至らないにしても、AIが人の心にまで影響を与える世界がそこまで来ているのかもしれません。