チーフ・アナリスト 大槻奈那が、毎回、旬な金融市場のトピックについて解説します。市場の流れをいち早く把握し、味方につけたいあなたに、金融の「今」をお伝えします。
「管理変動相場」に向かう長期金利:「勝ち組」はインフラ、商社等。金融には慎重スタンス
9月21日に日銀が発表した金融施策では、インフレ実績値2%達成までの緩和継続と、新たな長期金利のコントロール策(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)が発表された。
今回の政策は、恐らく近年の金融政策で最も難解なものとなってしまった。10年国債のゼロ%誘導など、金利操作の可能性は示したものの、利下げや購入資産拡大は示されなかったためだ。
これらを受け、本日(27日)に行われた政策発表後初の40年国債入札では、応募者倍率(応募額÷落札決定額。高いほど人気)は低下し、利回りは微妙に上昇した(図表1)。
しかし、先週20~21日の日銀の金融政策決定会合後、国債先物市場のボラティリティは急速に低下している(図表2)。今後も、足元の混乱を飲み込んだ後は、短期と超長期金利が低下するとともに(図表3)、変動幅が狭いレンジに固定化される「管理相場化」する可能性が高い。
このような市場環境は、以下に示す通り、大手証券会社や銀行などにはネガティブである。一方、運輸、総合商社、不動産、電力等は、長期・低利の借入の拡大で恩恵を受けるだろう(後掲図表6)。
意外と割を食ってしまうのは、中小企業である。貸出金利が大企業と同じほぼゼロ金利に貼りついてしまった場合、低リスクの大企業が選好されるためだ(後掲図表7)。更に、ドイツ等欧州金融機関の財務力への懸念などが再燃していることから、金融機関の株式や債券の動向には引き続き注意が必要だろう。
次の注目ポイントとしては、日銀が9月30日に発表する10月の国債買入額(午後5時頃)で、買入額をどの程度増減させるのかである。また、同日発表の日銀の独自補正によるインフレ指標(生鮮食料品とエネルギー価格を除いたもの)も、日銀のインフレへの認識を図る指標として確認したい。
【債券市場の"管理変動相場化"の影響】
1.債券市場のボラティリティ低下:証券会社にマイナス影響
10年国債金利をゼロ%程度にアンカーするという施策は、既に後退しかけていた債券市場の機能を一層損ないかねない。
理論上、中央銀行は長期金利を直接コントロールすることは難しいとされていた。しかし、現在の長期金利は、ファンダメンタルズ(インフレ率や将来の金利期待)以上に需給に左右されやすい。このため、中央銀行の膨大な購入額に裏打ちされた価格調整力は(特に利回りを低下させる方向については)極めて強いと思われる。
実質管理相場化する債券市場で、今後ボラティリティが低下した場合、金融機関の収益にはどの程度マイナスとなりうるのか。債券トレーディング収益は、証券会社(251社平均、2015年3月期、日本証券経済研究所)の純営業収益の2割程度(9,193億円)を占めている。ボラリティが低下するとこれが相当程度減少する可能性がある。
また、銀行については、国債等関係損益は4,977億円、業務粗利益の5%、実質業務純益の1割程度となっている(15/3月期)。他の業務の規模が大きいため、影響度は証券会社ほどではないものの、それでも、利益の1割が影響を受ける可能性がある。
2.短期金利の低下圧力:マイナス金利深堀り温存でもTiborは下落開始
21日の政策決定会合以降の日銀のさまざまなメッセージの発信で、市場は早くも今後のマイナス金利の深堀りの可能性を織り込み始めた模様だ。大手行の貸出の5割、地銀の2割が連動するTibor(銀行間取引金利)は、22日以降じわじわと低下し始めている(図表4,5)。
これまでレポートしたように、マイナス金利深堀りの利益インパクトは、20bpの引き下げ(=政策金利-0.3%)で、大手行で約5%、地域銀行で20%の減益である(9月13日付レポートを参照)。しかし、このままTiborの下落が続けば、マイナス金利の深堀りを待たずして銀行収益へのマイナス影響が出始めるだろう。
3.超長期投融資の一層の拡大:インフラ、商社、不動産等では、疑似資本まで低利調達。でも銀行のリスク管理には注意
2月のマイナス金利導入以降、金利の"お得感"で、超長期の投融資が急増している。相対のローンの統計は取れないが、下記図表6の通り20年以上の超長期債の発行は、マイナス金利導入後爆発的に増加している。
更に銀行は、長期でかつ返済順位の低い「劣後ローン」の貸出も活発化している。例えば、出光興産に対する1,000億円の期間60年の劣後ローン(16年3月)、丸紅に対する2,500億円の永久劣後ローン(16年8月)や、JFEホールディングスに対する2,000億円の期間60年の劣後ローン(16年6月)など、マイナス金利導入前ではあまり考えられなかったような条件のローンが実行されている。
こうした劣後ローンや劣後債は、格付会社等には資本の一部にカウントしてもらえる。企業にとっては、ROEを落とさず資本力が増強できることから株価にはプラスである。業種としては、インフラ関連、商社、不動産等の調達が多い。
一方、金融機関のメリットには疑問もある。これまでのところ優良な企業向けが多いが、今後貸出先のすそ野は広がるだろう。貸出先企業の範囲が広がると、20年以上の長期のクレジット・リスクの予想は難しい。例えば、今から20年前、1995年頃の銀行の大口貸出先の中には、その後市場からの退出を余儀なくされた企業も多かったことは記憶に新しい。なお、金利が借入から5~10年後に上昇するという「ステップアップ」条項を設けて早期償還を促すようにしているが、通常これは借入企業側のオプションである。
逆に、今後、長期金利が動かなくなり、更に、金利の先安感が生じれば、借入が先送りされる可能性もある。これらの点から、ここまでの超長期投融資は、比較的優良な収益源と言えるとしても、ここから更に無尽蔵に拡大できるものではない。
4.貸出金利の"ゼロ・フロア":中小企業が割を食う可能性
貸出金利の低下が続けば、貸出金利がマイナスにならない限り、ある時点から大企業も中小企業もゼロ近傍の金利に貼り付くことになる(貸出金利のゼロ・フロア)。銀行から見ると、それならばリスクの低い大企業貸出を行った方が、リスクリターンが良いため、大企業貸出を選好しやすくなる(図表7)。
このため、中小企業は、大企業ほどの恩恵を受けない可能性がある。実際、大手行の最近の貸出態度指数をみると、大企業に対する貸出については「慎重化」が止まっているのに対し、中小企業向けの貸出については「慎重化」が続いている(図表8)。
まとめ
以上の点から、債券の管理変動相場化は、借入額の大きい、投資意欲の強い企業にとっては恩恵が見込める。株式発行の代替として劣後債の発行も活発化しているので、ROEを落とさず資本が増強できる。一方、金融機関は受難が続く。金融機関への投資については、株式・債券ともに当面は慎重方針で臨みたい。
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