チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。
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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
人民元絡みの混乱も収束へ
株式市場はリスクを嫌う。「リスク」の定義にはいくつかあるが、「わからないこと」「先の展開が読めないこと」「不透明感が強いこと」はマーケットにとっての「リスク」の最たるものである。
今週起きた、人民元下落を巡る市場の混乱は、まさにこの「わからないこと」のリスクが投資家心理を激しく揺さぶったことの表出であろう。水曜日には日経平均で一時400円を超える下げ幅を記録した。それを受けて僕は「いつも通りの過剰反応」であるとレポートで述べた。
果たして、日経平均は翌木曜日には200円高と早くも反発した。今日は76円安で引けたものの節目の2万500円は上回って今週の取引を終えた。中国人民銀行が発表した人民元の基準値が1米ドル=6.3975元と前日に比べ0.0035元の元高・ドル安水準だったことを受けて、日経平均は急速に下げ幅を縮め一時プラスに転じる場面もあった。
市場が落ち着きを取り戻した理由は、まさに冒頭述べた「わからないこと」が「わかって」きたからにほかならない。初めは五里霧中・疑心暗鬼だったが、徐々に霧が晴れ、中国・人民元切り下げの背景と先行きへのインプリケーションが見えてきた。「わからないこと」がリスクだから、「わかって」しまえばリスクでなくなる。リスクがなくなる。よって相場が安定する。
見えてきたことは何か。それは当初、市場が抱いた直感的な、最も一般的な受け止め方、すなわち「今回の人民元の切り下げは、通貨安誘導によって輸出を振興し、落ち込んでいる中国経済を立て直すことを意図したものである」という見方が、そうではなかった、ということである。
もちろん、このタイミングでの人民元の切り下げの背景は中国景気の減速である。中国景気が低迷しているからこそ、今回の基準値の決め方を変更するという措置をとったのである。しかし、それは上述した通り、輸出促進を狙ったものではない。もう少し正確に言えば、直接的に、第一義の目的として輸出促進を狙ったものではない。もし仮に、通貨安誘導によって輸出を伸ばそうと思うならば、いったいどれだけ元安にしなければならないか。また、そうした場合の副作用 - 近隣窮乏化政策への批判、他のアジア諸国や新興国通貨のスパイラル的な下落、泥沼の通貨安戦争、そしてなにより中国自身、ネックである資本流出を加速させることになりかねない。そこまでして、元安に誘導するメリットはないだろう。
人民元切り下げの第一の理由は、ドル連動を緩めようとしたに過ぎない。中国は、金融政策の独立性の向上と米国との貿易摩擦の緩和を目指して、人民元改革に取り組んできた。2005年7月に2.1%の切り上げを実施し、実質上のドルペッグ(ドル連動制)から「管理変動相場制」に移行した。リーマン・ショック後に一時的にドルペッグ制に戻ったが、2010年6月に再び「管理変動相場制」とした。
「管理変動相場制」のシステムは、人民銀行が基準となる中間レートを発表し、一日当たりの変動幅をその上下の一定範囲内に制限する。当初、変動幅は、中間レートの上下0.3%に設定されたが、その後段階的に拡大され、現在の上下2%に至っている。そして当局は人民元レートがこの制限された範囲内に収まるように、日々市場介入を繰り返している。
言ってみれば、ごく限られた範囲での市場価格決定メカニズムを許容しながら、ほとんど実態は「緩やかなドル連動相場」である。これまでは、なんとかそれでやってこられた。しかし、中国の景気減速がここまで悪化すると、人民元がドルに連動することの矛盾が問題となってくる。米国は利上げしようというくらい景気がいい。その世界最強通貨に、景気減速している中国の通貨を連動させるのは、喩えてみれば、ギリシャとドイツが同じユーロという通貨圏にあるのと似た構図である。
だから、より「市場実勢を反映して為替レートが決まるようにした」という中国の説明は非常にクレバーなのである。人民元の国際化、為替レートのフロート制に向けた一歩であると言えば誰からも批判が出ない。事実、IMFは中国のこの制度変更を評価する旨のコメントを発表している。
今回の人民元切り下げは、景気が減速している中国が最強通貨の米ドルに連動する矛盾・無理を解消することが第一の目的であり、その大義名分は人民元の国際化、為替レートのフロート制に向けた一歩という説明でじゅうぶんである。そして、その変更をおこなった結果として - つまり市場実勢をより反映させた結果として - 人民元安となったならば、それはそれで中国経済にとって望ましいことである。
市場実勢をより反映させるならば、今後も人民元は安くなるだろう。但し、それは急激なものとはならないだろう。そうであるならば、市場が懸念したワースト・シナリオ、すなわち「97年のアジア通貨危機再現」のようなパニックには至らない。そして、前回レポートの後段で指摘したリスクシナリオ - FRBが米国の年内利上げを断念し、その結果、円高に巻き戻る可能性 - も低いだろう。
しかし、それはやはり前回レポートの最後で述べた日銀の追加緩和の可能性を否定するものではない。米国の金融政策がどうであれ、日銀は国内の景気・物価状況に鑑みて金融政策をおこなう責務があり、現状から考えるに、10月追加緩和の蓋然性はじゅうぶんあると思われる。
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