チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。
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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)
日銀マイナス金利導入の効果
結論:株式相場にとっては非常にポジティブ。但し、デフレ脱却を目的とした政策としての効果は薄い。金利は一段と低下する。長期国債もマイナス利回りになる可能性がある。
避けるべきセクター:生保、銀行
中立:輸出関連
選好するセクター:不動産、J-REIT
日銀のアグレッシブな姿勢を再評価
日銀にとっての難題は、いかに打ち止め感を出さずに追加緩和を発動するかであった。買い取る国債を増額するだけの従来型緩和では、第3弾を打っても、これで最後という印象を市場に与えてかえって円高株安を招きかねない。従来型のQQEの延長をやめ、その代わりにマイナス金利を導入したことは見事な解決策だった。金融緩和策の手詰まり感という悪印象を払拭したという意義は大きい。(現実的にはもちろん限界があるが)理論的には日銀は制限のない緩和手段を手にしたと言える。日銀の手詰まり感を見透かした投機は引っ込む。
スイスで開かれたダボス会議に旅立つ前に、黒田総裁は事務方に追加緩和の具体策を指示したとされる。すなわち日経平均が16000円割れ寸前まで下落した時である。これで日経平均16000円は、「黒田フロア(下限)」となった。「黒田プット」の行使価格が日経平均16000円だと言い換えてもいい。ここが底値、少なくとも当局の防衛ラインだという刷り込みが市場ではできただろう。底が見えれば相場は上がるだけである。
何よりも、「マイナス金利」という領域にまで踏み出してみせた日銀の意思の強固さ。これがいちばん大きな効果だ。これまで日銀は、デフレ脱却にかける気概というものが完全に退潮し、変心かと思わせるほど消極姿勢を示していた。それを打ち消すようなアグレッシブな姿勢を見せた。僕は最近のレポートで日銀批判をしていたが、今回は完全に脱帽である。評価を改める。
再び世界は金融緩和モードへ
年初からの株価下落の背景のひとつに、日米欧の中央銀行の金融緩和スタンスが後退したことが挙げられる。株価が崩れ始めたのは昨年12月からだが、その時点では「金融緩和度」という目盛りの針が下方に振れていた。
12/3のECB理事会は踏み込み不足で失望売りを浴びた。FRBは利上げに踏み出した。日銀は2015年を通じて追加緩和を見送り続け、12月にようやく補完措置。これもまた市場の不興を買った。これらはすべて金融緩和という観点からはマイナスのアクションである。それがようやくここにきて針が中立に戻ったイメージだ。ECBドラギ総裁は再び追加緩和を示唆、1月のFOMCは(解釈が分かれるものの)中立からややハト派的な声明を出し、そして日銀は追加緩和に踏み切った。しかも強烈なサプライズを演出して。
次は3月に、今度こそECBも市場の期待に応えるような追加緩和を打ち出し、そしてFRBが利上げを見送るなんていうことになったら、「金融緩和度」の目盛りの針は一気に上方に振り切れるだろう。その後、日銀も「プチ追加緩和」をしていくかもしれない。例の「賃上げETF」購入などだ。僕はさんざん批判したけど、相場的には、何もやらないよりは、やったほうがいいに決まっている。
前回のレポートでも述べたが、この際、健全か健全ではないかという議論はわきに置いて、リーマン以降、世界の株式市場が上昇基調を辿ってきたのは、端的に言って「カネ余り相場」だったからだ。世界的な低成長、低インフレのなか、行き場を失った緩和マネーによる過剰流動性がリスク資産の価格を押し上げた。良くも悪くも緩和マネーに支えられて株価は上昇してきたのである。
日銀のマイナス金利導入は、再び「緩和マネー劇場」の幕が開いたことを告げるものだ。第何幕か?はもう数えることもできないが。
実体経済への効果は限定的
株式市場にとっては、絶大な効果があるマイナス金利だが、実態経済に対してはその効果は限られる。殊、デフレ脱却という点については処方箋が間違っている。
マイナス金利導入は、これまでマネタリーベースを増やせばインフレになる、と主張して行ってきた量的金融緩和から、マネーサプライを増やすことに主眼を切り替えたものだ。マネタリーベースとは「銀行の中にあるおカネ」、マネーサプライとは「銀行の外にあるおカネ」である。市中の銀行から国債を買い取って銀行にマネーを供給しても、銀行がそのおカネを日銀の当座預金に預けたままにしていては世の中に出回るおカネは増えない。ともに銀行の資産勘定である「国債」と「日銀当座預金」を付け替えているに過ぎない。
マイナス金利の狙いは、日銀当座預金というおカネの「置き場所」を封じるものだが、そうなるとこれまで「国債」と「日銀当座預金」の「入れ替えプレー」をしていた銀行は、日銀の国債買取に応じなくなる可能性がある。おカネの置き場がないので、国債を手放さなくなるだろう。日銀は量的緩和をやめたわけではないので、これからも予定通り国債を購入するわけだが、予定通りに集まらない「札割れ」の状況が発生する。それでも国債を買い集めるには高い価格で買うしかない。例えば、満期保有すると損が出るような価格、すなわちマイナス利回りで買うということだ。
結論として、日銀に預けてもマイナス金利、国債の利回りもマイナスとなったら、銀行のおカネはそれ以外のところに向かわざるを得なくなる。それが日銀の狙いであり、市中に出回るおカネ=マネーサプライ増加を期待しての策である。しかし、ことはそう単純ではない。マネーサプライを増やすのは銀行が信用創造をすることによって、つまり貸出を増やすことによってであるが、貸出が増えないのはなにも銀行が貸し渋っているというよりは、資金需要が弱いからである。加えて、金利低下によるスプレッド縮小で貸出に対するインセンティブは一層低下するだろう。
そもそもマネーサプライが増えるとインフレになるのではなく、インフレになるような経済環境になるとマネーサプライが増える。順番が逆である。だからマイナス金利によってマネーサプライ増加を促進してデフレ脱却につなげようという政策は処方箋が間違っていると述べたのだ。
影響を受けやすいセクター
これまで見たように、マイナス金利導入の効果は不透明な部分が大きいが、ひとつだけ確かなことがある。それは、金利はさらに低下する、ということだ。日銀当座預金がマイナス金利なら銀行は国債を手放さない。それを「引き剥がす」には国債利回りが同じくマイナスになるまで買い進むしかない。別の言い方をすると、国債保有のインセンティブが増すことで国債価格は上昇(利回り低下)し、当座預金金利と同等(つまりマイナス0.1%)になるところで均衡する。
日銀当座預金にも置けないし、国債利回りもマイナスとなったら、銀行のおカネはどこに向かうか?まずはJ-REITのような準・確定利回り商品が選好されやすい。流動性の観点からは株式、ETF投資も積み増されるだろう。流動性には劣るものの、実物の不動産投資も進むだろう。
冒頭のセクター判断で、「選好するセクター」として不動産株を挙げたが、理由はまったく別の文脈である。日本株市場における不動産株の評価は、ファンダメンタルズからかけ離れて、日銀の緩和姿勢で決まる。このことは、日本株市場の稚拙さ、投機性の高さの代表例だと感じており、非常に悲しいことだと僕は思っているが仕方ない。それが日本株市場なのだから。地価、賃料、キャップレート、純資産価値、マンションの販売動向 - 不動産会社を評価するそうした要素は考慮されずに、日銀の緩和度合いが最大の株価材料となっている。であれば、不動産株ほどこの地合いに適したセクターはない。
外債も一層魅力的に映るかもしれない。但し、29日の米国市場で米国債の利回りが急低下したように、グローバルにリンクしている現在の市場では、円金利が下がれば金利を求めるマネーが残された利回りを食いつぶす。リスクに大差がなければ、早晩、日米独の国債利回りは収斂するだろう。
マイナス金利で一段の円安を確実視する声があるが、単純に金利差からという理由では円安進行も限度がある。よって輸出関連セクターは、年末年始のリスクオフ相場で売られ過ぎた修正という意味では妙味があるが、過度な円安期待だけで買うというのは注意したい。
マイナス金利でもっとも打撃を受けるのは銀行だというのは、ほとんど説明が要らないと思われる。調達サイド(一般の預金者からの預金等)はマイナスにできないので、利ザヤが圧縮されるからだ。苦境はメガバンクも地銀も同じだが、ポートフォリオの分散が図られているという点では、メガはまだましだろう。国債依存度もかなり低い。株価はここまで売り込まれて、配当利回り3%台、PBR0.5~0.6倍台というのは、目先の株価変動を気にせず、長期で投資できるなら買ってもいい水準だが、これだけの悪い投資環境のなか今すぐ拾う必要はないだろう。
過去に何度も述べているように、生保の理論株価(EV)は金利が低下すると下がるので、このセクターは素直に避けたほうが得策である。
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