梅雨が明け、蝉の声とともに子どもたちの夏休みが始まりました。2025年の夏、きっと彼ら彼女らにとって、一生残る「ひと夏」になることでしょう。私は子どもの頃、宿題は7月中にさっと終わらせ、8月はとにかく自由に遊び回るタイプでした。メール処理や書類提出も早めに済ませるのが今の自分のスタイルです。焦るのが嫌いなんですね。行動は5分前、準備は余裕をもって。好きな食べ物を最後に残す性格は、今も変わりません。
夏休みは毎年家族で旅行に出かけていましたが、中でも、鳥取県の羽合(ハワイ)温泉の記憶が特に鮮明です。ハワイ海水浴場の白い砂浜と海の匂い、ラクダに揺られた鳥取砂丘。 「ハワイ」という名前の響きのユーモアと、家族と過ごした時間の濃さが、いまも心に強く残っています。
泳ぐのが得意だった私は、中学では水泳部に入りかけました。でも、ちょっと怖そうな先輩がいて、結局友人と一緒にバスケ部へ。その子のお姉さんが2つ上にいて、守ってくれそうだったから。そんな不純な理由ですが、結果的にバスケに本気で打ち込む日々が始まりました。勝って泣き、負けて泣いた。動機や理由はともかく、やってみれば道は開ける、それは、人生の節目ごとに感じてきたことです。だからこそ、子どもたちにとって大切なのは、選択肢があることであり、自分で自分の未来を選べる状態があること。これは、家庭や教育、そして政治が果たすべき「未来への責任」だと思うのです。
今回の参院選、私は「未来を創る子どもや若者」に焦点をあてて考えました。彼らはもう、「未来の受益者」ではなく、むしろ、「今から未来を設計する主体」です。そうした観点で、仕組み・制度・文化をデザインしようとする政党・候補者を探すように選挙を見ていました。選挙の結果は、私たちにいくつもの問いを投げかけているように感じます。 中でも、若い世代の投票行動からは、「分断」でも「破壊」でもなく、静かな離脱と再設計への意思表示が観察されたように思います。今のままではもう続かない。現在の延長線で未来を語るだけでなく、新しく創る必要がある。今回の選挙には「マグマのような焦燥」が宿っていたように思います。
社会も、政治も、企業も、未来志向でなければ選ばれない時代が、すでに始まっています。変わることを恐れず、創ることに喜びを持てる社会へ。そのためには、しなやかに世代交代しながら、未来を託し、共に育てていく姿勢が求められているのだと思います。そんな未来を次世代につないでいくために、私自身も自分なりに考え、選び、そして行動していきます。
過去の「マネックスみんなのつぶやき」はこちら(マネクリへ移動します。)