ストラテジーレポート

チーフ・ストラテジスト 広木 隆が、実践的な株式投資戦略をご提供します。

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広木 隆 プロフィール Twitter(@TakashiHiroki)

当面の相場見通しと3つの「逆転」

従来からの見通しに変更なし

荒れ相場である。マイナス金利導入の効果が早くも剥落、という声も聞かれるなか、日経平均は再度下値模索の展開となっている。僕の描いたストーリーとは違うけれど、結果だけを見れば、前々回のレポートで述べた「節分天井・彼岸底」となりそうだ。

結論を先に述べれば、前々回のレポートで述べた「節分天井・彼岸底」という相場観を変えていない。「節分天井」というのは、年末年始からの急落に対する戻りが短命に終わるという見立てで述べたもので、事実そのような展開である。底入れが3月、お彼岸の時期になりそうだというのは、ECBの追加緩和が実施され、そして3月のFOMCで利上げが見送られれば、再び世界は緩和モード全開となって相場の地合いはリスクオンに傾いていくだろう、というヨミである。

この見方を変えるどころか、さらに補強材料がある。3月もしくは4月にも日銀の追加緩和期待が高まるだろう。前回のレポートで指摘した通り、今般の日銀の追加緩和の意義は、第一に金融緩和の手詰まり感を払拭したという点である。マイナス金利は(あくまで理論上)制限がない。いくらでも拡大可能である。株価下落・円高が一段と進行すれば3月もしくは4月にマイナス金利の適用範囲またはマイナス幅を拡大するといった措置を講じてもよい。

米国雇用統計

今後の鍵を握る最大の焦点は3月のFOMCである。先週金曜日に発表された米国雇用統計はまちまちの結果となり、それが市場の混乱を招いているところもあるようだ。ポイントは賃金の上昇率。時間当たり賃金は0.12ドルと前月比0.5%増、前年比では2.5%増だった。市場の予想を上回る伸びだったことから利上げ観測が台頭し、NYの株は売られたが、僕はそれほど強い数字だとは思えない。従来から続いている2%台の賃金上昇のレンジに収まっており、伸びが加速している印象はない。

ツイッターで、「アメリカの利上げ見送りが、株価が上がるきっかけというご見解だが、それで円高になってしまい逆に下がるトリガーのリスクもあると思うのだが」というご指摘をいただいた。もちろん、そのようなリスクもあるだろう。しかし、為替相場は単純に利上げ実施・見送りのon/off で動くとは限らない。むしろ、リスク選好のon/offで動くことのほうが多い。事実、先週金曜日は米国株安となったことからドルが売られる展開だった。3月に利上げが見送られれば、この逆となるだろう。

企業業績とバリュエーション

3月決算企業の4-12月期業績がほぼ出そろった。日経新聞の集計では、今期の経常利益の増加は前期比3%弱と小幅ながらなんとか増益を確保できそうだという。これは想定を超える下方修正だった。しかし、悪材料は織り込んだだろう。次の決算発表は本決算の発表だが、そのタイミングでは市場の視線は来期業績に向けられる。発射台が下がるというテクニカル的な要因に過ぎないが、今期が下方修正されたことで来期も期初は増益見通しでスタートできるだろう。

日経平均の来期予想EPSは、下方修正される前の今期EPS1200円程度は期待できるだろう。足元の今期予想対比5%増益程度だが、実質的には横ばいに近い(だって今回の決算発表で下方修正される前は1200円だったのだから)。

1200円 × PER 17.5倍 = 21,000円

という高値目標である。

従来PERは15倍が基本と述べてきた。しかし、PERというのは益利回り(=期待リターン、要求リターン)の逆数で、一種の「利回り」だから、これだけ金利が下がればPERは上昇していい。金利がマイナスなら理論上、株価は青天井になる。だから17~18倍程度のPERがついたって不思議でもなんでもなく、当然、割高でもない。

3~4月に日銀の追加緩和、4月末~5月の決算で来期業績を確認し、5月伊勢志摩サミット前に安倍政権から成長戦略の発表、6月の株主総会前の株主還元策強化などの流れを受けて7月の参院選前に日経平均は21,000円の高値をつけるとの見通しを据え置く。

マイナス金利の効果を市場は過小評価

市場では早くも効果剥落と言われているが、政策発動の「サプライズ」の効果が剥落しただけで、実際に効いてくるのはこれからだろう。市場はマイナス金利の効果をまだ織り込み切れていない。それもそのはず、誰も体験したことのない「未体験ゾーン」、これぞまさしく「異次元」のことだからだ。最近の市場はある意味で「幼稚化」しており、悪しき経験主義に陥っている。株式相場は本来、「想像力」が試される場なのだが。

実証的な論考は難しいけれど、このところの市場の急落はHFT(高速高頻度取引)やCTAなどのマクロ系ヘッジファンドが主導した面が大きいと考えられる。そうしたものの多くはコンピュータによるアルゴリズム取引で、さらにそのなかにはAI(人工知能)を使ったものもある。機械が自ら学習し相場のパターンを分析し自動で取引を行うのだ。だから経済的な意味やファンダメンタルズに関係なく、同じような場面で同じように売りが出て相場が崩される。上海株が○%下がったら日本株を売る。人民元が○%切り下がったら円を買う。原油が○%下落したら米国株を売る。機械的な売買だ。プログラムされたアルゴリズム取引によるものだろう。これこそ「悪しき経験主義」の一端である。

しかし、マイナス金利というのは未経験の領域である。これから学習していくかもしれないが、少なくともいまのところはプログラムされていない。マイナス金利というのはこれまでの低金利の延長線上にあるのではなく、まったく新しい概念である。低金利の延長線上にない、というのは簡単な話だ。ゼロに限りなく近づくまで符合はプラスだが、ゼロを境に符号がマイナスに変わる。プラスとマイナス、正反対である。これをどう解釈し、相場を分析するには時間がかかって当然だろう。

ひとつ例を挙げるとすれば、ファイナンスの世界で使われてきたDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)モデルが使い物にならない。株価(企業価値)は、企業が将来にわたって稼ぎ出すキャシュフロー(配当や利益でもいい)の割引現在価値合計であるという考え方だが、割引率がマイナスでは、現在価値より将来価値が大きくなって近似的に収斂しない。モデル式は発散し株価は無限大となってしまうのだ。

マイナス金利は従来の量的質的緩和からの変更ではなく、緩和手段の追加であるが、実質的には大きな方向転換である。その意味でこれを「逆転」と呼んでもいいが、本当の「逆転」の意味は別のところにある。今はまだごく限定的なマイナス金利だが、これがさらに進んだ場合、世の中の金融の概念が根底からひっくり返る。預金をするとおカネが減るのだから。日銀のマイナス金利導入は、大きな「逆転」への小さな一歩である。

おカネを借りるほうが利息を受け取り、おカネを貸すほうが利息を払う。預金をするとおカネが減り、借金をしたほうが得になる。文字通りの「逆転現象」だ。こうしたことが現実になれば、かなりの確度でひとびとの思考に影響があると思う。具体的には「預金」の価値が減り、「借金」への抵抗が薄れる。端的に言えば、おカネの価値が減る - すなわち、インフレ期待が台頭するだろう。行き過ぎれば「借金」への抵抗が薄れるどころか「誘因」となってバブルを生む恐れすらある。そこまで日銀が踏み込めばデフレ脱却の期待は高まるが、果たしてそこまで踏み込めるかどうかである。

もうふたつの「逆転」

日銀によるマイナス金利の導入を大いなる「逆転」への一歩と述べたが、暦が1月から2月へ変わるとともに、さらに二つの大きな「逆転」が起きた。グーグル(アルファベット)の時価総額がそれまで首位だったアップルを抜き米国市場で最大となったこと、そして米大統領選の候補者指名争いの初戦・アイオワ州の共和党員集会で、テッド・クルーズ上院議員が、事前の世論調査で首位だった不動産王ドナルド・トランプ氏を破ったことである。

米国株式市場では、2月に入って早々にグーグルを傘下に有する持ち株会社アルファベットの時価総額がアップルを上回り世界最大となった。時価総額トップ企業の変遷を見ると、90年代はGEで製造業の時代、2000年代はエクソンでエネルギーの時代、そして2010年代はアップルでITの時代だった。ハイテク企業では古くはIBM、90年代末期にはマイクロソフトが時価総額首位に立ったこともある。

ハイテク企業に限って時価総額首位企業の移り変わりを見ると、IBM⇒マイクロソフト⇒アップル⇒グーグルである。それはまさしく、大型コンピュータ⇒パソコン⇒モバイル端末というデバイスの変化(小型化)であった。そして今、グーグルが時価総額のトップに立ったことは、「デバイス消滅」の象徴である。もうモノ(デバイス)は不要なのだ。モノの価値よりデータの価値が重視される時代が到来したことの証である。ISM製造業・非製造業の景況感指数に代表されるように、世界は製造業の不振、サービス業の好調と二極化の様相を呈している。それは米国企業の隆盛を見ても明らかだ。グーグル、フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、etc. モノよりサービスの時代なのである。

第4次産業革命の光と闇

1日に行われた米大統領選の共和党候補指名争いの初戦となるアイオワ州党員集会では、テッド・クルーズ上院議員がドナルド・トランプ氏を破った。クルーズ氏は2012年の上院選立候補時から同性婚や中絶への反対などキリスト教保守派が重視する価値観を掲げてきており、それがキリスト教福音派と保守強硬派の集票につながった。政策面では、テロ対策を重視する参加者は過激派組織「イスラム国」(IS)の徹底掃討を訴えるクルーズ氏への支持が多く、移民問題を挙げた人はトランプ氏支持が多かった。

ただ、移民問題を重視すると答えた参加者は13%と他の政策に比べ少なかった。このことは、「移民に職を奪われる」というトランプ氏の扇動的主張に有権者が踊らされなかったということであろう。おそらく彼らは問題の本質に気付いているのだ。職を奪うのは「移民」ではなく、「機械」であるということに。
今後10年程度のうちに米国の職業の47%がAI(人工知能)やロボットに取って代わられるとの報告が話題となったのはずいぶん前のことだ。つい先日は、グーグルが開発したAIが囲碁のチャンピオンを破るというニュースが報じられた。これももうひとつの「逆転劇」かもしれない。

機械にとって代わられる職業とその確率はさらに上昇していくだろう。こうしたテクノロジーの進化は人間の労働力を必要としない方向に世の中を変化させている。米国は失業率5%割れで完全雇用が達成されているように見えるが、その一方で労働参加率は歴史的低さにある。約4割のひとが働いていない。出生率が高く移民が流入する米国の人口は伸び続けているので、働いていないひとの総数は拡大しているということだ。ひと(労働力)が要らなくなっている。機械との労働に親和性のあるひとだけが豊かになる。IT企業の起業家、天才プログラマー、ロボット・エンジニア、データ・サイエンティスト、etc. 一部の豊かなひとと大多数の貧困層に二極化する。これが、米国の格差の一因であり、賃金上昇が鈍い理由のひとつだという指摘がされている。

各論は別として社会全体、マクロ的な視点からは、テクノロジーが進化すればするほど、人間の労働の価値は低下する。価値が低下した人間による労働の対価は上昇しない。賃金は上がらず、インフレも高まらない。金利も低いままであろう。マイナス金利とグーグルの躍進が示唆するこれからの社会の在り様である。第4次産業革命がもたらすのは「明るい未来」だけではない。「明るい未来」が光り輝けば、その光はまた「闇」をも作り出す。

アイオワでトランプ氏は失速したが、これまでの「トランプ旋風」と、民主党におけるバーニー・サンダース候補の人気は同根である。それは現代社会が抱える「光」と「闇」の格差に対する大衆の不安の象徴にほかならない。

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