将棋棋士
羽生 善治 氏
1970年、埼玉県所沢市出身。6歳から将棋を始める。
1982年6級で二上達也九段に入門。1985年15歳でプロ入り。1989年初タイトル竜王を獲得。1996年には7つのタイトルをすべて獲得した。竜王、名人、棋聖、王座、王位、棋王、王将の7つの永世資格を持つ。(襲名は引退後。)
2018年、国民栄誉賞を受賞した。
マネックス証券株式会社
代表取締役会長
松本 大
1963年埼玉県生まれ。1987年東京大学法学部卒業後、ソロモン・ブラザーズを経て、ゴールドマン・サックスに勤務。1994年、30歳で当時同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)に就任。1999年、ソニー株式会社との共同出資でマネックス証券株式会社を設立。2004年にはマネックスグループ株式会社を設立し、以来CEOを務める。マネックスグループは、個人向けを中心とするオンライン証券子会社であるマネックス証券(日本)、TradeStation証券(米国)・マネックスBOOM証券(香港)などを有するグローバルなオンライン金融グループである。株式会社東京証券取引所の社外取締役を2008年から2013年まで務めたほか、数社の上場企業の社外取締役を歴任。現在、米マスターカード、株式会社ユーザベースの社外取締役も務める。
マネックス証券では、「マネックス・アクティビスト・フォーラム」と題した、個人投資家が積極的に投資先企業へ意見を発信することを応援する取り組みを行っております。
今回は、株主と企業の新しい関わり方に触れながら、プロ棋士の羽生善治氏と、マネックス証券代表取締役会長松本大が対談いたしました。PART1のテーマは、「将棋とAIの関係と、新しいマーケットの形」です。
マネックス証券では、「マネックス・アクティビスト・フォーラム」と題した、個人投資家が積極的に投資先企業へ意見を発信することを応援する取り組みを行っております。
今回は、株主と企業の新しい関わり方に触れながら、プロ棋士の羽生善治氏と、マネックス証券代表取締役会長松本大が対談いたしました。PART1のテーマは、「将棋とAIの関係と、新しいマーケットの形」です。
- 羽生善治氏×松本大対談 PART
- 羽生善治氏×松本大対談 PART2
サマリー
- 時系列、恐怖心にとらわれないAIの登場により、将棋世界における全体のレベルは上がった
- 投資家が企業へ意見を言うことは「岡目八目」的な役割をもち、それは将棋でも通用する
- これからのマーケットでは、既にある事実を分析するのではなく、先回りをして、提案することが重要
将棋世界におけるAIの役割
松本:
当社は、今までオンライン証券を運営してきましたが、大幅に会社の在り方を変えていこうと考えています。
羽生:
オンラインだけではなく、違うこともメインにしていくわけですか。
松本:
主にオンラインではありますが、変えていこうと考えています。そのうちの1つのキーワードは、エンゲージメントです。エンゲージメントとは、投資家がマーケットを見て上がりそうな株を買うだけでなく、買った後にその会社にいろいろと意見をすることや、株価が上がるように働きかけていく行動のことです。今日は、エンゲージメントについて掘っていって、いろいろと話をしていきたいです。最初に話をしたいのが、AIについてです。AIはいろいろな分野に出てきています。将棋の世界では、AIのほうが強くなってしまっていますが、AIの指す将棋に人間の指す将棋は、もう勝てませんか。
羽生:
ソフトと人間が純粋に対決をすると、今のところは勝てません。
松本:
AIの特徴は羽生さんから見て、どのような感じですか。
羽生:
いくつかあって、1つはAIには、恐怖心がありません。何か手を選ぶときにも、人間の場合は何か選択をしていくときに自分の身を守りたいという防衛本能が働きますが、AIは怖さを感じないので、それによって人間では指せない手が指せます。その選択の幅の広さが、AIの強さの1つです。もう1つの違いは、時系列が入っていないことです。人間は物事を進めていくときに、基本的に時系列で物事を考えて、選択・決断するといったプロセスです。AIの場合は、そのときに評価の一番高い手を選びます。
松本:
脈略がないわけですか。
羽生:
はい。時には、何を考えているか分かりません。支離滅裂とまではいいませんが、一貫性がないように見えます。逆に時系列にとらわれていないからこそ指せる一手や、そこから生まれる発想もあります。
松本:
AIに対して、人間として何かしらの部分で可能性がある場所は、将棋の世界では何かありますか。
羽生:
あります。例えば、画期的なアイデアは、人間でないと見つけられません。なぜかといいますと、基本的にAIのしていることは、確率的か統計的な作業で、そこでは画期的なアイデアは生まれません。最初は、ものすごく可能性が感じられない中から生まれてくるので、そこは人間でないと見つけられません。判断でいえば、微細にどちらがいいか悪いかの判断は、人間はそんなに得意ではありません。何となくこちらがいいのではないかの判断は、AIが優れています。人間もミスもしますし、AIもミスをしますが、どちらのミスが少ないかといわれると、間違いなくAIのほうがミスは少ないです。どちらがミスをしたときのダメージが大きいかといえば、AIが起こしたミスのほうが大きいです。少なくとも今の段階では、ここは人間が判断をしたほうがいい、こちらはAIが判断をしたほうがいいと局面ごとに使い分けるのが、一番強い将棋を指すとの意味では、ベストな選択です。
松本:
流れのほうは人間が考えて、局地戦はAIが強いわけですか。
羽生:
はい。詰むか詰まないかの最後の部分などで、計算の勝負になると驚異的なスピードで計算をするAIが非常に強いです。もう1つは、意外と漠然としたところも、AIは強いです。何をすればいいか分からない、選択肢がすごくいっぱいある局面で何をするかのところは、人間はすごく苦手です。人間は、ある程度の方向性が見えていて、そこで先を見通すことは得意ですが、あまりにも漠然としていて、何すればいいか分からない場面は、AIの精度のほうが高いです。
松本:
なぜでしょうか。
羽生:
人間がそのような状況に慣れていないこともあります。知識を積み上げることは、結局はその局面を回避して、分かりやすい局面や考えやすい局面に誘導をしていく面もあります。羅針盤が全く利かないような場面に適応するには、時間がかかります。
松本:
将棋の世界のAIは、もともとはディープラーニングだったものが、途中から自分で勝手にルールから考えるようになりました。アルファゼロですよね。
羽生:
アルファゼロです。
松本:
その前はパターン認識で、強い人の指し方を覚えさせて、途中からはアルファゼロが自分でルールから何度も試行錯誤をするようになりました。そのように変わっていく中で、今言ったようなAI将棋の強さといいますか、パターンは随分と変わりましたか。
羽生:
はい。1つ意外だったことがあります。つい最近までは人間のデータを基礎部分にして、そこから学習をしていくので、多かれ少なかれ人間の過去の積み上げが入ってでき上がっていて、人間が少し関与をしていました。一方、アルファゼロは、基本的に人間の関与が全くないフラットな状態から学習をしていきます。プログラムを作ったのは人間ですが、学習の部分で人間のデータなどは一切、入っていません。しかし、意外と指されている将棋は、今まで人間が指してきたものと、そんなに大きく違っていないところもありました。
これがもし400年間の将棋の歴史で、全く見たこともないような手を指していたら全否定をされているような感じでしたが、意外とそうでもなかったところは、ちょっとほっとした面です。どうしてこんなに強くなっているのかは、オープンソースで公開をされていて、詳しい人が最新のものを見られるようになっています。将棋を知らない有能なプログラマーが新規参入をしやすい世界ということもあって、今はすごく飛躍的に進歩をしています。
松本:
人間だけで将棋をしていた時代には、例えば今のような将棋に詳しいわけではないけれどもプログラミングができる人などから、オープンソースが公開されていることでいろいろなアイデアがくるといったようなことは、ありましたか。
羽生:
ありません。基本的には伝統的な世界なので、長い伝統で培われてきたやり方が正しいと、ずっと思ってしてきているわけです。それはある日、突然、黒船がやって来たのと似ているかもしれません。
松本:
その結果として、将棋の全体のレベルは上がりましたか。
羽生:
間違いなく上がりました。すごく底上げがされました 。当たり前ですけれども、将棋は強い人や自分よりもレベルが高いところと対戦をしないと、伸び悩んでしまう傾向にあります。それが一気に解消をされた部分はあります。今まで掘り下げることが大変だった局面や、分からない部分を調べることができるようにもなったので、そこはすごい大きな成果だと感じています。例えば、掘削技術が進んで、今まで掘れなかった油田が掘れるようになったことと似ているかもしれません。AIができたおかげで、今まで人間だけでしていたら、分析できなかった局面や形を深掘りすることができるので、作戦の幅が広がった面もあります。
「エンゲージメント」という考え方
松本:
企業経営は、同じ人たちでしているといいますか、多くのケースでは会社の中から段々と上がっていって、社長になることが多いと思います。多くは、ずっと一緒に働いてきた人たちで、ずっと同じ業界にいるわけです。そこに、外部の目や外部の人から何かやり方の提案の働きかけがあると、次の成長ができるのではないでしょうか。それがエンゲージメントの発想です。企業経営をただ見ているのではなく、自分から何か意見を言うことで、プラスに持っていこうとすることですが、それについてはどう思いますか。
羽生:
投資家の人たちの持っている見識や知見が、実際の経営をしている人に反映をされることは、ある意味ですごく健全だと感じます。経営をしている人たちはしている人たちで、今までどのようなことがあって、何ができたかできないか分かっているでしょうし、あるいは何かしようとしていることもあるでしょうから、すぐに試してみますとはいかないでしょうけれども、そこにうまくワンクッションがあると、他の人たちが持っていない知見などがすごく生きてくるように思います。
松本:
投資の場合、単に外から見ているだけではなく、自分のお金で株を持っているので、すごく気になるわけです。人ごとではなく、意見だけを言って駄目だったら別にいいか、とはなりません。結果としてそれがいい提案かどうかは置いておくとしても、それがすごくいい方向に作用をする可能性が高いのではないかと、われわれは考えています。
羽生:
岡目八目といわれる言葉があって、外から見ていたほうがよく分かるということがあります。将棋の大会でもそうですが、外から見ているときは、この一手がなんで指せないのだろうかと感じることがよくありますが、同じ局面でも自分がするとなると、その一手を指すのが大変なことがあります。違う視点で考える人が入って、真剣に考えることは、すごく大事な要素です。もう1つは最近、AIやソフトで分析をしていてすごく感じることですが、あうんの呼吸です。
例えば、対戦相手の人と話し合いや、事前に打ち合わせをしていることはなくても、長いことしているとあうんの呼吸で、この手がきたときにはどうするかの決まり事が自然にできていきます。こういったことが何となくできていくと、新しいものが生まれなくなるとしみじみ感じました。そのようなものにとらわれていない、知識がないところへの影響や提案があると、また随分と風通しが良くなるといいますか、ちょっと煮詰まらないで、停滞をせずに新しいものが生まれてくることはあります。
松本:
2002年に初めてお会いして、対談をしたときに確か言われていたのは、韓国の棋士が、今まで日本ではあまりなかったような手を使い始めた。ルール上はできるが、暗黙の了解でしないような手を使い始めて強くなってしまって、それに対応しなければならなくなったとの話をしていたと記憶しています。
羽生:
それは囲碁の世界の話ですね。囲碁は中国、韓国、日本、台湾が強いです。ここは日本の強いところでも弱いところでもありますが、美意識を重んじるといいますか、勝負であってもエレガントで華麗に勝ちたい。それを突き詰めていくとすごい匠の技になるので、それはそれでいいです。一方、他国の棋士は勝つことだけにこだわってしまうと、武骨で不器用な感じや、見た目が美しくなくなってしまいます。日本の棋士はそのような手に対応をするのが難しくなっていくことはあったようです。囲碁の世界は、特にネットの世界になってからは、国籍に関係なく練習試合も日常的にされているので、今は地域的な差はありません。
松本:
企業経営を考えると、先ほど出た岡目八目的な外からの意見は、嫌がられますが、将棋の世界の話と比べてみても、外部からの声は聞いてみたほうが良くなる可能性はあります。今のビジネスはグローバルです。ある意味でルールも1つです。試合はグローバルに行われているのに、自分だけ自分の国流でしていると厳しいので、それは海外のいい例も含めて、もっと共有をしていくようにする。そこは日本の企業経営ではまだ遅れ気味であって、もっと強くしていく必要があると考えています。
羽生:
私もそんなにたくさんの経営者の方に会っているわけではありませんが、グローバルに展開をしている企業は、そのようなことを必然的にやらざるを得ないのかもしれません。国内だけで展開しているなら別ですが、グローバルに展開をしている企業は、その点で積極的な印象があります。日本の中の企業といっても、グローバル企業かどうかでそこの温度差はすごく大きい感じがします。
松本:
日本は元来、経済的にすごく大きな国だったので、日本だけで行っていける部分がいっぱいあった。しかし、だんだんとそうではなくなってきて、海外でも展開をするようになってきましたが、いまだに日本の大きな会社では、どうしても日本流があります。話は戻りますが、将棋の世界では、なぜ先ほどの岡目八目といわれる言葉のようになるのですか。
羽生:
視点を変えることは、とても大事です。それこそ加藤一二三先生が現役時代はよく相手側の盤に回っていました。
松本:
それをするのは、ありなのですか。
羽生:
あまりよくはありませんが、加藤先生は特別なので、よくしていました。同じ局面でも、相手の立場から見たらどのように見えるのかを考えると、また見方が少し変わりますし、中立的な立場で見られます。違う視点で見ると、景色が変わることはあります。もちろん他の人から岡目八目で見てもらうことも大事ですが、自分の目で相手の立場からどのように見えるか、第三者的な立場でどのように見えるかは、将棋の上でも大事です。例えば、この局面では自分のほうが不利だと感じたとしても、相手側から見たら相手が不利なのではないかと感じる場面は、結構あります。視点を変えるために、そのようなことをすることはあります。
松本:
今まで棋風といいますか、指し方を自分の意思で変えたことはありますか。
羽生:
もちろんあります。大きく変えることはそんなにありませんが、何か方向を変えることは、頻繁にあります。将棋の世界もトレンドのようなものがあります。そのときのファッションではありませんが、今年の秋は赤が流行る、次の春は青が流行る。それに合わせて、自分のスタイルもちょっと変更をしていきます。
松本:
それにリスクはありませんか。
羽生:
もちろんあります。リスクは常にありますが、何もしないのが一番大きなリスクです。リスクを取ることは決まっていて、どれぐらい取るかをいつも思い悩みます。変わり続けていくことは決まっているので、何かしらは今までと違うことをする。それをアクセル全開で変えるのか、少しずつ変えるのかの加減を考えることが多いです。
AIとマーケットの新しい関係
松本:
先ほどのAIの話で最近感じることがあります。私は元々トレーダーでしたが、マーケットの中でこれからの値段の変化を分析して、読んで、売買をして、その流れの中で値段は動いていきました。例えば、株式でいえば、まず会社が売上のデータなどを発表します。次にアナリストが会社の分析をして、マクロ環境や会社の技術、実績などの情報を見て、分析・予想をします。いろいろなアナリストや投資家の人が分析をして、結局はそれによって値段はあちらこちらに行って、いずれあるところまで来ます。
ところがAIが投入されていくと、AIはスーパー人間のようなものなので、AIがその時間を短くしていくようなイメージを持っています。つまり、いろいろな人の思惑があって、時間をかけて、結果的にどこかへ辿り着きますが、AIが投入されると、頭の回転がすごく速い人が来るわけです。今まで時間をかけて辿り着いていたところに一瞬で到達します。
参加者にAIが入ってくると、このようなマーケットの中での動きが一瞬で終わってしまいます。今後のマーケットは、そこにしばらくいたものが、新しい情報が出るとすぐに移動するようなものになっていくと私は考えています。投資は元々、リアリティーとパーセプションといって、実際と見た目といいますか、ギャップが減る過程を捉える活動でした。本当はいい会社でも株価が低い。それを買うと、ギャップが埋められて、収益が生まれます。それが今までの伝統的な投資の方法でしたが、このギャップが埋まる時間が一瞬になるのではないでしょうか。
羽生:
株価は、3ヶ月先の企業を反映していると聞いたことがありますが、その3ヶ月の間隔がもっと短くなるわけですか。
松本:
3ヶ月先の企業の状態を反映するための、マーケットで値段が付くプロセスがあります。かつてはそこに1ヶ月かかったのが、AI技術が進歩することによって一瞬で終わるようになっていきます。そうなるとリアリティーとパーセプションのギャップを見つけて、投資をする活動ができなくなります。
羽生:
先回りをされるわけですか。
松本:
先回りをされます。AIが進歩することによって、そういった時代がマーケットにも来るのではないか。そのときにどうしたらいいかを考えています。こうなってくると、企業の情報を分析するのではなく、今までしていなかったビジネスを始めさせることや、あるいは止めさせることによって企業に新しい情報を生ませる部分でないと、投資の対象にならないと考えています。リアリティーとパーセプションのギャップがなくなる時代が来るのではないか。リアリティーのところで新しく変えていくことを企業に提案をして、それによって価値が生まれる。自分はあらかじめ株を持った上で提案をして、新しいリアリティーをつくっていってもらうほうにしていかないといけないのではないかと感じています。
羽生:
マーケットがすごく速く反映してくれるのであれば、本当に価値がある提案をすることで、今までよりも高い可能性で、株価にきちんと反映をしてくれることにはなりませんか。
松本:
提案をすれば、なります。
羽生:
これからは、そこの提案をするところに重きを置いたらいいのではないかとのことですか。
松本:
はい。今までの投資は、既にあるデータを情報分析して、投資をしていました。これからは既にある情報を分析する投資ではなく、先回りをして提案をすると、みんなが分析をしてくれて、株価が上がれば収益が生まれます。
- 羽生善治氏×松本大対談 PART
- 羽生善治氏×松本大対談 PART2