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トレードステーション開発の歴史

HISTORY

トレードステーションは、ウィリアム・クルーズとラファエル・クルーズという2人のキューバ移民の兄弟が、自分たちのトレードアイディアを実現するために開発したソフトウェアです。
ここでは、クルーズ兄弟がトレードステーションを生み出すまでの物語をご紹介します。

将来を嘱望された若きバイオリニスト

1966年、ウィリアム・クルーズとラファエル・クルーズの兄弟は、両親と2人の叔母とともにキューバから米国にやって来ました。兄弟は小学校からバイオリンを習い始め、キューバでピアニストをしていた叔母による、1日4時間もの猛指導の甲斐もあり、高校生になる頃には数多くの賞を受賞するバイオリニストに成長しました。
ところが、ウィリアムが16歳の時に、父親宛にかかってきた1本の電話が彼ら兄弟の運命を大きく変えることになります。

取引の失敗と、手書きチャートによる分析とテスト

父親に電話をかけてきたのは、先物取引のセールスマンでした。電話を取った16歳のウィリアムは、その電話で初めて知った先物取引に興味を持ちます。
当時のアメリカでは、18歳になるまでは先物取引を行うことができなかったため、ウィリアムとラファエルは2年間先物取引に関する本を読破し、貯金に努めました。
そして待望の2年後、彼らは2400ドルの元手で、ポークベリー(豚バラ肉)の先物取引を開始しました。
首尾よく念願の先物取引を開始したものの、彼らの資金は1ヶ月ほどで底をつきました。
それでもあきらめなかった兄弟は、まず図書館で価格のデータを調べて手書きのチャートを作りました。それから、彼らのトレードアイディアに基づいて、紙のチャートの上にプラスチックのシートを重ね、マーカーで買い、売りを示す矢印を書き、どのアイディアが有望か、というテストを地道に何度も続けました。
テストを熱心に続ける彼らは、一方で手書きチャートを基にした分析とテストでは時間が非常にとられてしまうことを何とかしたいと考えていました。1979年頃、彼らはコンピューターを使ってプロセスを自動化できないか、と思いついたのです。まだパソコンが高級品で、一般的には利用されることが少なかった時代のことです。

トレードアイディアを形にするソフトウェア

幸いなことに、大学生になったウィリアムには、音楽主専攻、コンピュータを副専攻とする、キップ・アーヴィンという学友がいました。
彼は自分のアイディアをプログラムするようキップに頼むのですが、アイディアが膨大過ぎるあまり、キップひとりでそれらすべてを実現するプログラムを書くことは困難でした。
1982年、ウィリアムとラファエルは意を決して大学を辞め、プログラムの知識がない彼ら自身でも、トレーディングアイディアを簡単に表現できるシステムを開発するための会社を設立し、エンジニアの募集を始めたのです。
彼らは自分たちの会社を、オメガ・リサーチと名付けました。この会社が、後のTradeStation社の母体となります。
1987年、オメガ・リサーチはシステム・ライターと呼ばれるソフトウェアを、ブラック・マンデーの1週間前にリリースしました。このソフトでは、自分でプログラムの関数を書くことができるようになっており、プログラムの知識のあまりないトレーダーでも、自身のトレーディングアイディアを試すことができるようになったのです。

EasyLanguageとトレードステーションの誕生

1989年、オメガ・リサーチはシステム・ライター・プラスをリリースしました。システム・ライターの機能を拡張したこのツールには、初めて専用のプログラム言語、EasyLanguageが導入されました。
1991年、システム・ライターの後継として、ついに「トレードステーション」の名を冠したソフトウェアをリリースしました。トレードステーションでは、日中足によるリアルタイム分析が可能になりました。有料ソフトウェアとして、トレードステーションは全世界で1億ドル以上の売り上げを上げました。
その後、1990年代後半のインターネットの勃興とともに、TradeStation社はソフトウェアの販売会社から、高取引頻度の高いトレーダー向けのオンライン証券グループに変化し、2011年にマネックスグループの一員となりました。
クルーズ兄弟のDNAを受け継いだトレードステーションは、これからも幾多の改善を加えながら進化を遂げていくことでしょう。

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